祈りの歌
アーウィンは裏物のジャンクミュージックを嫌悪していた。整合性もなく、優美さもない。
ただ扇情的なリズムトラックで聴いている者の意識を掻きむしるだけだ。
それは神と音楽に対する冒涜であると思っていた。耳をふさぎ、露店の前を通り過ぎる。
単席ホーヴァクラフトが何台か、埃を舞い上げながらアーウィンを追い抜いていった。
半時間ほど歩くと、弧状の道は市の中心までを貫く大通りと交差した。
道幅の広い下り坂が、彼方の大聖堂まで遮るものもなくまっすぐに伸びている。
アーウィンは薄暗い曇天を刺し貫く大聖堂の影を正面に見据え、坂を下り始めた。
じきに、地面がコンクリートから灰色のタイル敷きへと変わった。レベル127に足を踏み入れたのだ。
音楽が、空から降ってきた。
低くかすかな不変のリズムと、塗り重ねられた通奏低音が甘く意識をしびれさせる。
その上に幾重にも編み上げられた、歌声とも弦楽ともつかぬ、荘厳な響き。
空そのものが、アーウィンに近づいてくるような。
《祈りの歌》。
統一讃歌教会の信仰の中心をなし、神の恍惚たる愛を伝える奇蹟の歌。
メタ・ワシントン市に満ちるこの歌を、しかし母は聴くことができない。
それは神に愛されていないということだろうか。それとも母が神を拒んでいるということだろうか。
幼いアーウィンはそんな堂々巡りの疑問を胸の内でぐるぐると回しながら坂を下った。
http://ana.vis.ne.jp/ali/antho_past.cgi?action=article&key=20030919000048