第2回2ちゃんねる全板人気トーナメント宣伝スレ-004

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2923語スレ傑作選「犬」「墓標」「テーマパーク」
東京に出てきて2年目の夏を迎えた頃、田舎から一通の手紙が届いた。
――コロに子供が生まれました。子犬の名前は私がつけていいですか
朝子からだった。昔から彼女には、周囲を驚かせて注意を引こうという妙な癖があった。
――もし、私かコロのどちらかが死んだら、すぐ帰ってきますか
いつもの調子だった。ため息を付く。多忙な毎日に疲労が重なっていたせいかもしれない。
ふつふつと頭の奥が熱くなり、心の底からの怒りに変わっていた。
俺は手紙を引きちぎり、そのままテーブルの上にばらまいてみせた。
あれから5年後の夏。長期休暇の最終日、俺は田舎から東京へ帰るため、
夜行バスの停留場に続く畦道を歩いていた。
テーマパークの誘致が決まったこの近辺は昔とはずいぶん景色が変わっていた。
側面の田畑も埋め立てられ大手建設会社の看板が立ち並んでいる。
「じゅんくんじゃないの」 朝子の声だった。驚いて振り返るとそこには朝子の母親がいた。
「まあちょっと寄っていきなさいよ、朝子も喜ぶから」
母親は手に供え物と桶を持ちながら返事をするまもなく歩き出した。
――もし、私かコロのどちらかが死んだら、すぐ帰ってきますか
薄暗い畦道を歩く、地面を踏みしめる音がなぜか恐怖に繋がっていく。
「ああ、コロちゃん死んでしまってね」
母親は振り返りもせず雑木林に隣接した墓地に入っていく。
――しかし、コロなら家の庭にでも埋めてしまえば
俺は、墓標を見上げた。
293「簪」「グレープフルーツ」「ディスク」:05/03/13 20:05:03 ID:O80KA72q
女はグレープフルーツミントを握って死んでいた。ある殺人事件の現場でだ。
容疑者はすぐに浮かび上がった。彼女の交際相手だ。
しかし男は殺害日にはアリバイがあると主張していた。
ある日、私はヤツに呼ばれて家を訪ねた。アリバイの証拠が見つかったらしい。

「やっとデジカメでとった写真を保存してあるディスクが見つかったんですよ。
この前お話したとおり、その日京都に旅行してたんですよ。
ホラ、舞妓さんとの記念撮影です。後ろの日めくりは8月15日となってるでしょ?」
ヤツは勝ち誇った顔をしてパソコンのディスプレイを見るよう俺を促した。
俺はそれを見て、ゆっくりヤツにこう言った。
「お前は舞妓さんの簪が季節によって変わることを知らないんだろう、
この写真の簪は”ききょう”、9月の簪だ。少なくとも夏にする簪では無いな」

アリバイが崩れたヤツはペラペラと犯罪を自供した。

護送する途中。俺はヤツに訪ねてみた。
「なんで彼女はグレープフルーツミントを握っていたんだと思う?」
「さあ、まったく見当がつきませんね」
「お前は本当に考えないヤツだな。グレープフルーツミントの花言葉には
”あなたを信じます”という意味もあるらしいぜ」
294「島」「時計」「猫」:05/03/13 20:05:35 ID:O80KA72q
南洋に浮かぶ孤島は資本主義社会とは隔絶した存在だった。
拝金主義にまみれ下克上の精神が渦巻く世の中を倦み嫌ったある思想家が、
己の遺産や財を投げ売り、その島にユートピアを創造した。
島には貨幣が無かった。物欲を満たす為の手段としては物々交換が広められた。
俗世間を見限った者たちがこの島を訪れ、独自の共同社会を作りだしていった。

島で生活するには、交換するための「商品」が必須であったのだが、
しかし、その「商品」作りを怠るものが現れた。
その男はそれまで猟師として生計を立てていたのだが、ある日突然、なりわいを放棄した。
漠然とした倦怠感が男を襲った。
男は妻と一人娘の為に、ひとまずは手持ちの衣服やら時計やらを「商品」として用いたのだが、
そんなものは高が知れていた。すぐに「商品」は尽きた。
飼い猫を「商品」としてもみたのだが、米三十キロにしかならなかった。

いよいよ困った男は10代半ばの娘を「商品」とした。牛二頭分になった。
その蓄えが尽きると、男は愛妻を売りに出した。米一年分にしかならなかった。
時が流れると、妻のおかげで得た米も底が尽きた。
しばらくは飲まず食わずで過ごしたのだが、もう辛抱できなくなると、
男はその身を「商品」として用いた。
男の価値は――秋刀魚三匹だった。
295 「手紙」「恋人」「雨」 :05/03/13 20:06:03 ID:O80KA72q
占い師フランソワーズ井出の家は、横浜山手の奥まった場所にある。
時代に取り残されたような古い洋館をやっと探しあてたのは、
雨の降る午後だった。長い年月の風雨に耐えてきたと思われる
木製のドアを叩くと、占い師本人が迎えに出る。黒い服の老婆だ。
「はじめまして。四時に予約した森本と申します。こちらは
紹介状でございます」
フランソワーズは知る人ぞ知る占い師である。恐ろしいほど
よく当たるとの評判で、政治家や芸能人とのつながりも深い。
紹介がなければ面会さえできないクラスの占い師である。
むっつりとした表情で、受け取った手紙にちらりと目を走らせた
フランソワーズは、二階にある占い用の部屋に私を案内した。
部屋の照明は、一本のロウソクのみ。占い師はろくに話も聞かず
タロットカードを切り、皺だらけの手ですばやく並べていく。
絞首刑にされた男や、寄り添う恋人達、鎌を持った死神など、
私にはまったく意味不明な絵柄のカードばかりだ。
フランソワーズはおもむろに口を開いた。
「すぐにここを逃げなさい。あなたに大きな危機が迫っている」
「は。それはどんな危機ですか?」
思わず身を乗り出した瞬間、私が腰かけていたソファの下の床が
抜けた。
296「鏡」「鮫」「始発列車」〜あるいは消えた凶器〜:05/03/13 20:06:30 ID:O80KA72q
 冬の始発列車は陽も昇らぬうちから車庫を出て、目的の駅まで向かう。各駅停車の
必要もないので自然と速度が出る。
 運転席からは薄暗くて外の様子はほとんどつかめず、ただ線路だけがヘッドランプ
を鏡のように反射し輝いている。だが、その輝きは急に湧き出た朝霧にさえぎられて
いく。続いて警笛と金属の悲鳴が朝の静寂をかき乱した。
 始発電車に轢かれた死体は右腕と両足を切断され、まるである映画で鮫に襲われた
人間のような姿だった。だが、死因は轢死ではない。所見では鈍器によって撲殺され、
線路に放置されたらしい。しかし死亡推定時刻と轢断の時間は極めて近接しており、
柵を越えて被害者を放置するような時間がどれだけあったかは疑問である。
 死体の近くには運転手がいて、線路全体は後方から車掌が見張っていた。そのどち
らも不審な物を見ていないと証言した。
 そこで警部補は被害者は自殺であり、轢かれた衝撃でどこかに頭をぶつけたのでは
と考えた。しかしそのような形跡は見つからない。苦しませないため、それとも補償
を怖れて、運転手がとどめをさしたとしても凶器はない。名探偵皇太郎の答は……
「答は目の前にあるでしょう。切断された足の片方です」