第2回2ちゃんねる全板人気トーナメント宣伝スレ-004
283 :
作品紹介・16:
ひこばえのうた
人間は右頬に刻まれた傷跡を歪ませて物憂げな表情を作り、道端で花を
開いているタンポポの元にしゃがみこんだ。黄色い花は風によってか左右に揺れた。
すると人間は顔をにこやかに和らげ、そのままタンポポの茎をつまみ取った。
「あ」
しかし切り株は到って冷静に、
「そう、人間という動物は少し特殊でね。自らの感慨のままに他の生物を殺すことを
厭わないという性質を持っている。あれは悪意や生存の為に命を奪ったのではなく、
ただタンポポが愛しいのだ」
近くの木の幹に蘖と切り株へ向いて凭れかかった青年は、花びらを抜いては放り、
抜いては放り、微笑みながらタンポポの死骸を弄んでいる。
「ざんこく」
「残酷か、またもや人間のようだな、お前は」
「あんなのといっしょにしないで」
「あのような営みも含めて自然は本来的なのだ。だから生物は普通、残酷という
観念を持たない。人間か、さもなくば生まれて間もない蘖くん以外にはね」
http://ana.vis.ne.jp/ali/antho.cgi?action=article&key=20050227000041
284 :
作品紹介・17:05/03/13 19:30:50 ID:O80KA72q
わたつみさま
七日たって、男たちが戻ってきたとき、その筏舟の様子に女たちは驚いた。かつてない
大漁であったからだ。筏舟から溢れるほどの魚、そしてなにより喜ばせたのは鯨であった。
「タイチのおかげだ」
ある男が言った。
「タイチが指図したところに行くと、必ずそこに魚が泳いでいるんだ」
男の、タイチがいかに優れた漁師であるかを語る熱い口上に聞くものは恍惚とした。
タイチは男たちの影に隠れていた。それを目ざとく壮年にさしかかった女が見つけ、
「なにを恥ずかしがることがあるの。もっと自信を持って良いのよ」
「だ、だって」
「カズコの言うとおりだ、お前は良い漁師だ、胸をはれ、胸を」
人々にちやほやされるタイチの様子をハナは遠巻きに眺めながら、泣いていた。
みこのなかでも特に尊敬を集める御婆がハナに近寄り、
「お前は以前、子供をわたつみ様に捧げたことがあった。これはきっと、わたつみ様の報いであろう」
http://ana.vis.ne.jp/ali/antho_past.cgi?action=article&key=20030919000050
285 :
作品紹介・18:05/03/13 19:31:33 ID:O80KA72q
ハンマーともぐら
「もぐら、お願いがあるの」彼女はいつもよりも真剣な声でそう切り出した。
「いいよ」
「これをね、ハンマーに渡してほしいの」
「何だ、そんなことか。 それなら自分で渡せばいいじゃないか」
「渡せない」そういって彼女は俯いてしまった。
それだけで僕は分かってしまった。 彼女の気持ちが。
「貸して」そういって僕は彼女の手から、手紙を取った。
僕にはその手紙がずしりと手にこたえたが、素直に二人はお似合いだと思ったし。
それに彼女を助けたのは、ハンマーだった。 あたりまえの結果かもしれなかったが、僕は少し悲しかった。
「もぐら?」彼女は僕の顔を覗こうとした。
その時の僕はあんまり、感情を隠せている自信がなかったので、彼女の視線から顔をそむけた。
「いいよ。 なんかゴメン」典子さんは僕の手から手紙を取ろうとした。
「大丈夫だよ」彼女の手から逃げて「僕の役目だと思うから」僕はそう言うと、
典子さんから逃げるように図書室を出た。 全速力で走って、自分のクラスのドアを開けた。
手紙を渡したときのハンマーの目には、二つの感情が込められていた。
僕はその目で見られたくなかったので、黙って自分の席についた。
そして全ての声を阻むために英単語帳を眺めていた。 Sad Sorrowful;どちらも『悲しい』という意味だ。
http://ana.vis.ne.jp/ali/antho_past.cgi?action=article&key=20031112000033