第2回2ちゃんねる全板人気トーナメント宣伝スレ-004

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259創作文芸板支援3語スレ「梅」「星」「目薬」
星の綺麗な夜だった。
あまりに陳腐な常套句だと自分でも分かっている。
帰省した田舎の夜を表すのに、俺の貧弱な語彙で表現できるのはこの程度だ。
完全に理系人間と自覚しているし、それを悔いてもいないが、少しは文学もかじった方が良かったかな、と思う時もある。
眠れずに寝間着のまま庭に出た私は、汚れた東京の空では決して見ることのできない星の瞬きを見上げていた。
庭に植えられている梅の清冽な香りが、私の心に張った油膜を洗い落としてくれたのもしれない。
目薬をつかって目の疲れをごまかしながらパソコンのディスプレイに向かう日々。
そんな日常に心が錆びついたような私にも、まだこんな部分が残っていたんだな、と嬉しさと悲しさを半々に感じた。
「もう少し、がんばってみるかな……」
俺はそう呟くと、母屋へと戻っていった。
260「腕時計」「封筒」「リンゴ」:05/03/13 16:38:18 ID:O80KA72q
大丈夫ですか? おやまぁ、派手に転びましたね。あのバイク、もうダメですね。
このあたりは見通し悪くて、よく事故とか痴漢とかひったくりとかあるんですよ。
私もね、ここでひったくりにあったんですよ。
はやく誰か呼んでほしい? 本当にすみませんね、いきなり飛び出したりして。
そうそう、あれは今日みたいな小雨の日でした。
いきなり後ろから来たバイクの人に右手のバックをつかまれたんですよ。いきなりに。
驚いた私は、転倒してそこの花が置いてある電柱にぶつかったんです。痛かったですよ。
左手で抱えていた買い物袋が破れて、リンゴや梨がそこら中に転がって。
結婚記念日に夫から貰ったばかりの腕時計はどこかに飛んでいってしまうし。
何より、銀行から卸したばかりの封筒がバックに入っていたんですよ。
おや、顔が青いですよ。血はそんなに流れてないみたいですけど。
大丈夫、心配しないでください。
死ぬのは、普通におもってるほど苦しくないんですよ。
あらゆる重みが消えて、とっても軽く楽になるんです。
それを教えてくれたあなたにも、味わって欲しくて待ってたんですよ。
この通りで、ずうっとずうっと、ね……
261「天使」「斧」「密室」 :05/03/13 16:38:46 ID:O80KA72q
今年もたくさんの母子草が川沿いの土手に花を付けた。黄色い小さな花だ。
もう何年もこの土地の四季を感じて生活しているが、今年はその中でも
特別な夏だった。娘の深雪に男の子が生まれたのだ。初孫である。
この子が生まれたという一報を受け、大学病院への道すがら、初孫に
何と名付けようか迷ったものだった。しかし、その姿を目の当たりにした時、
後頭部を斧で打たれたかのような衝撃が走った。
少し大きな虫カゴとも思える、透明のプラスティックの密室に、たくさんの
管とともにおさめられていた。膝から崩れ落ちるのをやっとの思いで堪えた。
孫は、夏に生まれたにもかかわらず、肌の色にこと関しては真っ白で、冬に
生まれていれば「凛」とでも名付けただろうが、その時はそれどころでは
なかった。身を案じ、天に祈るほかなかった。
願いは届いた。4日後には、ほかの健康な赤子たちとともにガラスの向こうに
眠ることを許されていた。私は美しく白い肌の天使に「爽」と名付けた。
ついに私も「おじいちゃん」と呼ばれるようになるのだ。これからは
若者の親切な声に、素直に席お譲られることにしよう。
262「南洋」「紅葉」「動揺」 :05/03/13 16:39:10 ID:O80KA72q
食堂に集まった船員達の顔には、昨日のマグロとの格闘の疲れが色濃く映し出されていた。
太田を含めた船員達は、黙って船長の発する労いの言葉に耳を傾けていたが、
話が事故のことに及んだとき、明らかに食堂内の雰囲気が変わった。
太田は視線こそ向けないが仲間達の意識が自分の方を向いているのを感じていた。

解散になったあと、太田は伊藤の部屋を訪れた。船長から伊藤の荷物の整理を命じられたからだった。
衣類、タオル、歯ブラシ、文庫本。太田はそれらを無感動にベッドの上に並べていった。
机の中身を全て並べたあと、太田はベッドの下を覗き込んだ。荷物を入れるスーツケースがあるはずだったが、
その横に南洋上の船室には似合わないものを見つけて、太田は動揺した。
そこには真っ赤色づいた紅葉の盆栽があった。太田は慎重にそれを引き出すと、ベッドの上に乗せた。
凄い、と太田は思った。鉢から飛び出るように伸びた幹、そしてそこから手を伸ばすような格好の枝には、
赤々として今にもはらりと落ちてきそうな葉。
太田は知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。思い出していたのだ。
伊藤の重みが手から離れ、二人の間に決定的な距離が生まれたときに、
何かをつかもうとこちらに伸ばされた腕を。

翌朝、太田の姿はどこにもなかった。
ただ、一枚の紅葉が彼のベッドの上に置かれていただけだった。

#マグロ漁船に一人部屋なんて存在しないとは思いますが…。
263「魚」「卵」「養鶏場」 :05/03/13 16:39:36 ID:O80KA72q
僕は佐々木養鶏場のとれたて卵が好きだ。
近所のスーパーでたまたま佐々木養鶏場の卵を買って以来他の卵を食べる気がしなくなった。
佐々木養鶏場の卵はそれ程おいしい。
卵のパックに入っていた説明書によると鶏の餌に魚の粉を使っているらしい。
魚はアミノ酸が豊富で卵の味を整えるのに役立つらしい。
その日もいつもの様に佐々木養鶏場の卵を買った。
僕はオムレツを作ろうと思いパックから卵を一つ取り出した。
何だか妙に重い気がしたが食欲に負け、卵を割る為にレンジの角に卵をこつんとぶつけた。
上手い具合にひびが入った。僕は卵の黄味をボールに入れようとひびが入った卵をぎゅっと握った。
何だか妙な抵抗感があった。いつもならきれいに二つに割れる筈の卵が歪な形になった。
僕は卵を握る手の平に少し力を込めた。卵はくしゃっと音をたてて中身を晒した。
ひよこの死骸だった。白身にまみれたひよこの死骸だった。
僕は思わず卵を床に落とした。ひよこの死骸はまるで自分が死んだ事を否定し、
何とかこの世に生まれ出ようとするかの様に床に落ち割れた卵からはみ出していた。
僕はひよこの死骸を卵からそっと取り出すと裏庭に埋めた。
きっとひよこの死骸は地面の中で微生物に分解され、土の養分になってしまうだろう。
でも、雨が降ればその養分は地下水に沁みだし海に流れ込むかも知れない。
そしてそれを体内に取り入れたプランクトンを魚が食べる。
いつの日かあのひよこは佐々木養鶏場に戻って来るかも知れない。
僕はそんな事を考えながらひよこを埋葬した。