道切り
柿の木とはこんなに大きくなるものかと男は目を見張った。直径が4尺はあろうか。
大人の背丈の高さで二股になっており、その先がさらに複雑に枝分かれしていて、
巨大な足長蜂の巣を逆さにしたような形をしている。これから夏が過ぎ、秋を迎えると、
どれほどの実がなるのか想像もつかない大きさだ。
幹のまわりは、四方に打ち込んだ杭に縄を張って、まるで立ち入り禁止とでもいうふうに囲ってある。
縄の中央には「蘇民将来」と書かれた木札と、狐をかたどった藁細工がつるされていた。
いわゆる『道切り』である。なぜ柿の木を『道切り』で囲うのかと、男は少し不思議な気がした。
通常は村境の道に張るものなのだ。
「神木なのよ」
智恵子が教えてくれた。『道切り』で封鎖することによって災いを防ぐ意味があるのだという。
薄闇で影絵のようになりかけた枝の向こうに、さかんに飛びまわるものがいくつも見えた。
目を凝らして蝙蝠だと知った。柿の木に集まる虫を目当てに、どこからともなくやって来るのだ。
まるで自分のようだと、男は思った。どこからともなくこの家に来て居候し、帰る場所すら分からない。
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