霧、ゆりの花
緩やかな斜面を包み込んで、霧は止まっていた。
初秋の高原のスキー場は物音一つなく、ゲレンデ中央部上方の景色は雪のように白く、
静まり返っていた。足下に広がる背丈の短い草だけが足の動きに合わせてかすかに音を立て、
夏から秋へと移ろいゆく季節を感じさせた。
なだらかなスロープをあてどもなく登る。
何も見えない。歩を進めるごとに白い闇が迫ってくる。圧迫感とともに息苦しさを覚える。
呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が速くなる。
革靴が滑って二、三歩、滑るように後退した。明らかにスロープの傾斜はきつくなっていた。
歩みは遅くなり、立ち止まる回数が増えた。
肩で息をしているのに気づき、休息をかねて後ろを振り返る。斜面下の建物の影はうっすらとかすみ、
自動販売機の明かりだけが仄白く浮かび上がっていた。
右側に動きを止めたリフトの座席がぶらさがっている。無意識のうちにもリフト沿いに歩いていたらしい。
宙に浮かぶリフトの座席は三つか四つしか見えない。まだまだ先は長いようだ。
時間は午後の六時を過ぎ、視界がきかないのは霧のせいばかりでもなかった。
呼吸が静まったところで再び登り始める。
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