人気&最萌トーナメント共用・政見放送 その19

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197大阪支援SS1
流転 

 夏休み――
 クラスメートの別荘に滞在している、大阪と呼ばれる少女は、窓の外を
眺めている。
 彼女の視界には蒼く澄み渡った空と、霞んだ水平線、そして、濃紺色の
海面がどこまでも広がっている。

「大阪さん? 」
振り返ると、幼い少女が不思議そうな眼差しを向けている。
「あー ちよちゃん」
「どうしたんですか?」
「…… 」

「……おおさかさん? 」
 大阪の表情が、いつもと少しだけ違っていることに気がついて、ちよは
小首をかしげた。
198大阪支援SS2:05/01/22 15:53:30 ID:gStsDMJy
「少し、昔のこと思い出してたんやー 」
「昔ですか? 」
 ちよは、大阪が発した言葉の意味を、噛み締めてみる。確か……
「そういえば、大阪さん、転校してきたんですよね。」

「そや、そのことを思い出してたんや」
 大阪は、懐かしそうな表情を浮かべると、再び、窓の外に視線を移した。

 真夏の鋭すぎる陽光を浴びた海面が、至る所で煌いている。
 外の気温はそれなりに高いはずだが、時折吹き込んでくる海風と、微かに
鼓膜を揺らす波の音が、彼女達に心地よさを与えている。

「ちょうどええかもしれへん。ちよちゃんに話したろかな…… 」
「何、ですか?」
 ちよは、多くの興味と少しの不安を感じている。
 大阪は、幼いクラスメートを眩しそうに見つめながら、耳元に
口を寄せて囁いた。
「私が転校してきたときのこと、や」
199大阪支援SS3:05/01/22 15:54:30 ID:gStsDMJy
「歩、話があるんだ 」
 父親の転勤にともなう転居、そして、転校という話が少女に伝わったのは、
高一のGWが終わった直後、つまり、初めての受験を何とか突破し、新しい
学校生活に慣れたというにはまだ早すぎる時期だった。
「転校せな、あかんの? 」
「ああ。お前には済まないと思っているが…… 」
 父親の表情は、『申し訳ない』という言葉どおりに、深刻そのもので、
だから、彼女はこれ以上、大切なひとを責めることはできなかった。

「ええよ、お父ちゃん 」
 ほっと、安堵の溜息をついた父親が、頭をなでてくれたのは嬉しかったが、
大阪自身にとっては、大きな問題が立ちはだかっていた。

 中学までは義務教育であり、親の転勤に伴う、転居という理由なら、公立中
ならば事務的な手続きだけですむ。
 しかし、高校の場合は、編入試験に合格しなければいけない。
 会社の仕事の引継ぎで忙しい父親と、引越しの準備で駆けずり回る母親が、
なんとか時間をつくって、試験を受けさせてくれる高校を探し出して
くれたのは、一週間後のことだった。
200大阪支援SS4:05/01/22 15:55:08 ID:gStsDMJy
「ほなら…… いってきます」
 朝靄の立ち込めるなか、学生服に身を包んだ大阪は玄関の扉をあけた。
 向こうの学校の配慮で、試験の時間を午後からにしてもらえたので、
時間には十分な余裕はある。
 私鉄で難波まで出て、そこから地下鉄で新大阪へ。

 平日の午前中には滅多にみかけることがない、セーラー服を纏った少女を
眺める視線を微かに感じながら、大阪は新幹線のプラットホームで
佇んでいる。
 忙しそうに行き交う人々を何気なく眺めていると、柱に備え付けられた
スピーカーから、列車の到着を知らせるアナウンスが流れ、そして、
流線型の列車が滑り込んできた。

(はじめての街、はじめての一人旅や)
 大阪は、もう使うことはない、と思っていた高校受験用の参考書を眺める
作業に疲れ、車窓の外をぼんやりと眺めた。
 新幹線は速い。軽快なレール音を響かせながら、街も田園も、
山並みも流れるように過ぎ去っていく。
201大阪支援SS5:05/01/22 15:56:03 ID:gStsDMJy
 大阪の心の中は、試験に対する不安と、未知の空間に対する興味が
せめぎあっている。
(東京ってどんなところやろ…… 私、関西弁しかしゃべられへんし、
言葉わかるんやろか…… ほんでもなあ、東京って、なんで首都なのに
東なんやろ、京都が西京なら分かるんやけど。)

 とりとめのない考え事に半ば身を委ねていると、ふいに列車の
スピードが落ちていることに気がついた。あたりを見渡すと林立する
ビルが視界を塞いでいる。
(あれぇ〜 もうついてもうたん? )
 東京駅のプラットホームに降り立った大阪は、奇妙な感覚に捉われた。
東京−新大阪の、約2時間30分という時間は、旅をしたというには、
中途半端に感じられる。
(そや…… 学校にいかなあかん)
 唐突に、本来の目的を思い出した少女は、両親が丁寧に書いてくれた、
図面をながめると、ゆっくりと歩き出した。
 そして、約1時間後――
 JRの在来線と私鉄を乗り継いだ少女は、無事に目的地に到着した。
202大阪支援SS6:05/01/22 15:56:44 ID:gStsDMJy
「春日、歩さんだったわね 」
 緋色のロングスカートと、薄手の長袖のシャツに身を包んだ、女性教師が
声をかけてくる。
 長く伸ばした黒髪は無造作に流されていたが、顔立ちは奇麗に
整っている。
「はい…… 」
 大阪は、少し俯きかげんになって答える。
「んじゃー、今から英語のテストとかやるけど、1時間ね」
 その教師は、気楽な調子で用紙を渡すと、膝を組みながら椅子に座って
雑誌を読み始めた。
 たった一人だけの試験が始まった。

 大阪は、答案をひとつ、ひとつ埋めていく。
(えっと、わからんもんは後まわしや、)
 ゆっくりと、しかし、丁寧に解答欄に記入していく。鉛筆が紙を引っ掻く
音が、やけに大きく耳に響く。
 そして、答案に7割がた文字が埋められた頃。
203大阪支援SS7:05/01/22 15:57:39 ID:gStsDMJy
あー、先生ねむってもうた)
 ふと、目線をあげると、試験担当であるはずの教師は、小さな寝息を
たてて瞼を閉じてしまっている。
(ええんやろか…… )
 大阪は、少しだけ不安を覚えた。
 しかし、問題の続きを解いていかないと、と思い直して、彼女は次の問題に
取り掛かった。
 大きく開け放たれた窓からは、涼やかな風が吹き込み、白いカーテンが
緩やかに揺れている。眼下にひろがる運動場からは、体操服姿の生徒たちの
歓声が、微かに聞こえてくる。

(あ…… あかん)
 大阪は焦りの声をあげた。
 こんなに大事な時なのに、猛烈な眠気が襲ってくる。
 女性教師の、居眠りを見たからか、それとも心地よすぎる環境のせいなのか。
(ここで、ねたらあかんねん…… おきなあかん)
 彼女は懸命に、襲いかかる睡魔を振り払おうとした。手の甲をつねって
刺激を与えてみたり、大きく首をふってみたり。
 しかし、彼女の意志に反して、瞼は重さを増して、意識が遠くなって……
204大阪支援SS8:05/01/22 15:58:32 ID:gStsDMJy
 突然、目が覚めた。
「しもた」
 激しく動揺した少女は、小さく呟いた。そして、腕時計に目をおとす。
残り時間は…… 18分。

(まだ、時間、のこっとる )
 大阪は鉛筆をぎゅっと握り締めた。そして、彼女にしては猛烈な勢いで答えを
書いていく。
 懸命に考えて、脳みそを振り絞って、答案を埋める。
 そして、一通りの見直しが終わった時。
「はい、お終い〜 」
 いつのまにか目を覚ましていた教師の声が、頭上から聞こえてきた。

 英語の次は、数学、国語、そして学年主任との面接――
205大阪支援SS9:05/01/22 15:59:07 ID:gStsDMJy
(なんか、あっとゆーまに終わってもうたん)
 最初に問題用紙を渡した人と、ジャージ姿の女性教師が、校門まで
送ってくれた。
「お疲れ様、春日さん」
 後ろはショートにしているが、耳元あたりだけを長くのばした教師が、
声をかけてくる。
「あんたには、戦力として期待してるからね」
「こらっ、ゆかり、戦力っていわない! 」
「あいかわらず、固いな〜 にゃも先生は 」
「学校でそれを言わないで 」
 
(二人とも仲、ええんやろな…… )
 大阪の小さな呟きは、彼女達の耳には届いていなかった。
206大阪支援SS10:05/01/22 15:59:48 ID:gStsDMJy
 大阪が自宅に戻ったのは、すっかり日が暮れた頃になった。
 母親が試験の感触を聞いてくるが、「分からへん」とだけ答えて、自室の
ベッドに転がり込んだ。猛烈な気だるさが全身を覆い、数分後には小さな
寝息を立て始めた。

 彼女が合格通知を受け取ったのは、試験を受けてから1週間が経った
日のことだった。
 一時的に単身赴任をしていた父親が、戻ってきてからは、引越しの準備も
急速に進み、5月も末に近づく頃になって、彼女の転校がクラスメート達に
伝えられた。

(時間が、少なすぎたんや…… )
 親しい友人をつくるには、2ヶ月弱という時間は短すぎた。それでも
数人の子が、残念そうに話しかけてくれたことは素直に嬉しかった。
207大阪支援SS11:05/01/22 16:00:34 ID:gStsDMJy
 つらい別れは、別のところにあった。
 全ての家財の搬送は、運送会社の社員によって手際よく行われ、大阪と、
彼女の両親は、道路から去り行くトラックを何気なく見送っている。
その時……

「歩おねえちゃん…… 」
 一人の少年が彼女の傍に近寄ってくる。そして、頭一つ分だけ高い、
大阪の顔を見上げた。

「おねえちゃん、行っちゃうの……? 」
「そや」
「もう、もどってこーへんの? 」
「…… そや」
 あふれ出す感情を抑えきれないようで、幼いながらも端正な顔立ちを辛そうに
歪めている。
208大阪支援SS12:05/01/22 16:01:18 ID:gStsDMJy
「…… ごめんな」
 大阪は、少年の頭を軽くなでた。
 近所に住んでいるこの少年との、出会いのきっかけは思い出せない。
 ただ、はしゃいでいる姿を見るのが楽しくて、いつのまにか、近所の
公園で一緒に遊ぶようになっていた。

「お、俺…… 」
 少年は、頬を紅く染めながら口ごもった。
 少女は、何も言わずに言葉を待っている。
「おれ、歩ねーちゃんのことが、好きなんや 」
「えっ!? 」
 年端もいかぬ少年の口から、『告白』という矢が放たれた。
 大阪は、驚きのあまり、両目を大きく見張らせている。
「歩ねーちゃんを見ると、胸がどきどきして…… 
いなくなっちゃうなんて嫌だ!」
 少年は、瞳の端に涙を滲ませ、ほとんど叫ぶように声を振り絞った。
209大阪支援SS13:05/01/22 16:02:18 ID:gStsDMJy
(私を想ってくれるひとがいたんや…… それもこんな近くで)

 嬉しさと申し訳なさが交じり合った感情が、少女のこころを
ゆっくりと満たしていく。
 胸が熱くなって、息が苦しくなる。
 
「おませさんやなー 正太君は…… 」
 にっこりと笑おうと思ったのに、声が詰まってしまう。涙が溢れ出して、
頬を伝って、ぽたぽたと地面に落ちる。
 白いハンカチをぐっしょりと濡らしても、まだとまらなくて、
正太君をびっくりさせてしまった。
210大阪支援SS14:05/01/22 16:03:51 ID:gStsDMJy
「私のこと、忘れんといてな…… 」
 大阪は、泣くだけ泣いて、ようやく落ち着くと、精一杯の微笑を浮かべた。
 少年が勢いよく首を縦に動かしたことを確認すると、肩にそっと
両手を載せる。
 そして、ゆっくりと顔を近づけ、滑らかな頬に唇をのせた……
「ほなら、さよならや…… 」
 大阪は、両親が呼び出したタクシーの傍から大きく手を振った。
 正太君は、桜色に染まった頬に右手をあてたまま、遠ざかっていく
車をじっとみつめていた。
211大阪支援SS15:05/01/22 16:04:42 ID:gStsDMJy
「まあ、昔のことや…… 」
 苦笑未満の表情を浮かべて、少女は話を終えた。
「そ、そんな…… つらい事があったなんて」
 いつのまにか、ちよは瞳の端に涙をためている。
 大阪はいつも柔らかい微笑みを皆に向けていて、つらそうな顔は
あまり見せたことがない。
 だから、彼女の意外な一面を聞いて、感傷に襲われてしまった。
 大阪は、泣き出しそうな顔になっているちよに、柔らかい微笑みを
みせ、頭をそっと撫でた。そして、ゆっくりと口を開く。
「大丈夫やで、私は。もちろん、正太君もな…… 」

 彼女は、華奢な身体を動かして、机に置かれた水色のポーチから、
一通の手紙を取り出し、ツインテールの少女に手渡した。
 そこには、色鉛筆で描かれた友達と元気にはしゃぐ少年の姿と、
力強さを感じさせる字で
「歩お姉ちゃんへ、暑中おみまい申し上げます」
と、書かれていた。
(終わり)
212大阪支援SS ◆5xcwYYpqtk :05/01/22 16:11:40 ID:gStsDMJy
以前書いたSSを、支援として掲載いたしました。
明日は、大阪(春日歩)をよろしくお願いいたします。