何故知的障害者も人間として認められる?真面目

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1へー
ここに書くことは、多くが”事実”であるにもかかわらず、認めたくない人や、読むと気分が悪くなる人もいるかもしれません。
そういった方は、”わざわざ”読まないでください。

それと、私はこれがどうしても分からないんです。
富国強兵の時代の「戦争は正しいのだ」と同じく、国の教育によって曲がった価値観を植え付けられたのではないでしょうか?

もちろん、反論にちゃんとした根拠が有れば納得します。
しかし、渡しに向けられた反論は、どうしても、「障害者にも生きる権利がある」といった社会の定義や(神の存在も社会の定義でした)
「かわいそうやん」といった根拠のない一般論ばかりで、きちんと根拠のある説明を受けたことがありません。

だから思うのです。
この問題は根拠がない、つまり、勝手に定めただけで正しいとは限らないと
精神論や感情論にならない、神様や宇宙電波とは違って、
ちゃんと根拠のある反論募集!

意志の表現が出来ず、こちらの言うことも理解できない・・
普通の感覚の持ち主なら、初めて彼らを見たときは
”気持ちわるっ”みたいなことを思います
福祉関係に働いている方で、今はまったくそう思わないとおっしゃる方も
最初はこう思ったはずです。
それが得体の知れない物に出会ったときの、人間に正常な心理なんですから。
つまり、”我慢”して、嫌なことに”慣れて”こそ、
彼らがそばにいることの居心地の悪さをほとんど感じなくなるのです。

彼らは生きていても私たち一般人に何の利益ももたらしません。
(唯一ボランティアの対象になる、ということは利益に思えますが、
これは、”人間が漬け物石の代わりになる”と言うのと同じ、
人間として役に立つのではなく、物として役に立っているだけです。
ある意味ペットの世話ですね)
しかし、奇声や難解な行動など、害になることばかりします。
こういう点で、程度は違うにしろ、隔離の必要がある感染症を持った人や目に写る人を殺しまわる人と同じだと思います。
つまり、”存在自体が一般人にとって迷惑”なのであり、存在の必要性もないのです。