レオメグと愉快な仲間たち43

このエントリーをはてなブックマークに追加
121ユウテン(&トモ)

フランクフルトからアテネへ向かう機内。
搭乗前に、他の日本選手団の人たちと挨拶したり、写真撮ったり。
気がついた時には、いつも手にする機内の雑誌は、もう殆どなかった。
ああ、やっちゃった。雑誌でもゆっくり読もうと思ってたのにな。
仕方なく、朝日新聞を一部、貰った。
離陸してしばらくして、飲み物を飲みながら、新聞を開く。
あれ。
そこには、見慣れた顔の写真が大きく載っていた。
ともさんだ。
普段は取材されっぱなしで、よほどでないとチェックしないし、する暇もない。
だから、こんなふうに紙面で掲載されているのをゆっくり読むのは珍しいことで、
なんだかちょっと気恥ずかしい。自分の記事じゃないのに。
わあ、インタビュアー沢木耕太郎だ、すごーい。深夜特急の人だよね。
写真もいいなあ。ともさん、吼えてないじゃん。くすっと笑いながら、読み進める。
そこには、私の知らないともさんが、ともさんの言葉で沢山沢山詰まっていた。

122ユウテン(&トモ):04/08/10 21:35 ID:rBPJgIcK

はめられて主将?あはは、そっか。はめられたか。監督、やりそー。
でも、次の一文が胸に響く。
「去年の段階で、引退するつもりでしたから」
そうだったんじゃないかな、とはうすうす感じていた。
メディアの噂として、漏れ聞いたこともあった。
でも、こんなふうにともさんの言葉として聞くのは初めてで、
なんだか胸がずん、と重くなる。
そのままともさんが断っていたら、全日本で私と交わることはなかった。
そのともさんと私が、今、センター線を結んでいる。
偶然で、巡り合わせで、運命で。
そのことの重さを、今改めて感じている。

「すべて先頭に立ってやろうと思いました」
その言葉に嘘はなかったな。なんでも一番。文字通り。
技術的なことはともかく、体力面のことでは、
干支一回り若いはずの私は立場なかった。何かを感じるどころじゃなかった。
焦って、焦って、ついていけなくて・・・帰っちゃったんだ、あの時は。

123ユウテン(&トモ):04/08/10 21:36 ID:rBPJgIcK

「自分たちが信じないことには何も出来ないんだよ」
あの時の私には、自分を信じる心がなかったんだと思う。
そしてともさんの言うとおり、何も出来なかった。
ともさんの言葉の一つ一つが、私の隙をついているみたいだ。

「歴史というか、伝統というか、
それは一度切れてしまうと簡単には元に戻すことが出来ない」
そして、その切れてしまった女子バレーをここまで引き上げてくれたともさん。
アジアで一番を目指してしまった私たちに、見据えるべき先を教えてくれた。
WCのあと、ここに帰ってくるのが怖かった。
ここ、というよりは、周りの皆の目が怖かった。
でも。
本当に恐れるべきは他人じゃない。信じる心を失った自分自身。
そのことに気付かせてくれたのも、ここの皆だった。

目を瞑る。アテネが終わったら、このメンバーでプレーすることはもう、ない。
そう思うと、アテネが終わって欲しくない、そんな矛盾した気持ちにもなる。
それでも、だからこそアテネでは全力で闘い抜く。
あとで振り返った時に、寸分の後悔のないように。
このメンバーで過ごした時間の重みの証が、アテネなんだ。

124ユウテン(&トモ):04/08/10 21:37 ID:rBPJgIcK

でもね、ともさん。一つだけ、当たってないことがあるよ。
今の日本が3位決定戦で逆転勝ちしたら。
「嬉し涙でしょうね」
違う。私が流すのは、きっと、悔し涙だ。
メダル争いに参加できれば上出来、なのかもしれない。
でも私たちは、毎日毎日「金」を望み続けてた。
体も心も悲鳴を上げるようなキツイ練習の中で、全身で金を求め続けてきた。
その答えが金じゃなかったら。私はやっぱり、悔しい。
私たちが望まなければ、誰もくれはしない、って。
だったら、誰よりも強く望もう。金メダルを獲ることを。
ばくちが大当たり、なんて言わせない。勝ち進んでやる。
勝って金メダルを獲るんだ。新聞を持つ手に、ぐっと力が入る。

125ユウテン(&トモ):04/08/10 21:37 ID:rBPJgIcK

左肘を、ツンツンと突っつかれた。
「読み終わるの、待ってるんですけどね」 テンさんだった。
わ、びっくりした。寝てるのかと思った。
「寝てるのは、写真のご本人様よ。ホラ」
私たちの前の席の隙間から、転寝するともさんの頭。
「全国紙にでかでか載ってるっていうのに、暢気というか、ねえ」
みてよ。他の日本選手団の人たちも、読んでる人いっぱいいるよ。
周りを見ると、他の競技の選手たちが新聞片手に
ちらちらともさんを盗み見している。
「あーあ、こんな時に寝ちゃってさ。涎なんか垂らしてないでしょうね」
テンさんが、半分本気で心配している。

「それよりユウ、読んだなら早く貸してよ。私も読みたい」
えー、いいですけど、また後で返してくださいよ。
「なんで? 他のとこも読むの?」
ううん、っていうか、記念にね。保存版。
ちょっと迷って、でもテンさんならいいか、と思って、耳元でこそっと打ち明ける。
「将来ね、私が全日本でベテランって言われるような時が来たら、
オリンピックってこんなスゴイ舞台なんだよって、教えてあげたい。
その時の私の教科書、かな」 
じゃなかったら、お守りかも。
こんな思いでオリンピックに導いてくれたともさんのように、
私もなれますように、ってね。
言ってから、エヘヘ、と思わず照れ笑いした。
テンさんも、何言っちゃってんの、って笑って返してくれるのかと思った。
でもテンさんは、私の目をじっと覗き込みながら、穏やかに、真面目に言った。
「ユウなら、なれるよ」
意外なセリフだった。ドキッとして、思わず返す言葉を忘れた。

126ユウテン(&トモ):04/08/10 21:38 ID:rBPJgIcK

「ユウさ、技術的にも精神的にも壁にぶつかって、それを乗り越えてきて。
そういう大事な時期を、ともさんのもとで過ごしてきたでしょ。
それって、ものすごく大きいと思うんだよね。
ユウの選手としてのバックボーンに、ともさんの精神がしっかり吸収されてる。
自分では気付いてないかもしれないけどさ。
トス上げてると、感じるんだよね、なんとなく」

素直に、嬉しかった。
プレーが上手くなったとか、そういう褒め言葉とはまるで違う。
体の芯から、熱い自信が静かに湧いて来るのを感じていた。
テンさん。
なんだか泣きそうになって、テンさんの目をじっと見返した。

「ま、尤も性格は全然違うんだけどねー。
ともさんはあんたみたいにお調子者でもないし、エロ大魔王でもないし。
そんな二人とコンビ合わせるアタシって、ホント大変よねー」
急に照れたように、私から新聞を奪い取って、記事を読み始めた。
ありがと。小さな声でテンさんに言う。
あと6日か。大きく、深呼吸した。

<終わり>