今は昔三浦といふ男、従者と蹴鞠に興じ牛車にて帰りたる折、裏通りに黒塗りの牛車ありて、谷岡なる荒武者乗りけるを
三浦の牛車が後より当てにけり。黒塗り牛車より出でたる谷岡いと怒りて「牛車より降り参れ、免状あらんや、免状見せよかし」
と声挙げる様かまびすし。牛車操りたる中田冠者は三浦の従者なり、取り出だしたる免状をささと奪いたる谷岡
「うぬら我が牛車に連れ参れ」とて先に根城に戻りけり。
根城に入りたる三浦と従者、谷岡に「免状返し頂きたく候」とて懇願せるを、谷岡「そが謝りたるや、とくとく土下座すべし」
とて怒り抑ふるを知らず。土下座したる三浦と従者、かうべ垂れ下げ「スンマセンデシタ」と只管謝りにけり。谷岡
邪なる笑みにて「免状返してほしくば狗真似為せ四足にて」とて命じたり。「急ぎたれ」とて急かしたる谷岡をかし。
三浦「為せば免状返さんや」と尋ねたるを谷岡「慮らんや」とて含みたる。四足になりたる三浦に谷岡「狗なれど衣服着けたるは如何に
中田なるや、脱がせよかし」とて中田冠者に、三浦の袴褌すべて脱がせたる谷岡「愚者なりや」とて満ちたる笑みを浮かべにけり。