>>662 「ごめん」
つぶやいたのは宮咲さんだった。
歩道の向こうの車道を、けっこうなスピードで数台の車が駆け抜けてゆく。
「いえ…ごめんなさい、なんだか…」
「そうだよね」
ボサボサの頭を更にボサボサと掻きながら、宮咲さんはやさしい笑顔を見せる。
「寒いかなと思ったんで」
宮咲さんが変な理由を述べたので、お互いに下を向いて笑った。
この笑顔を待ち望んでいる人はどれだけいるのだろうか。
私もそのうちの一人だったはずなのに。
ひょんなことから早朝の時間を一緒に過ごすようになったのだ。
「宮咲さん、寒いですか?」
「…大丈夫だよ」
「もう少しそちらに寄りたいところですが…」
大胆な言葉が口から出てしまった。
「この場でこれ以上近づいては、宮咲さんに迷惑がかかるかもしれません」
私は、世の中で知られている宮咲さんについて、本人に確認をしたことがない。
あの人であることを確認をすれば、この早朝の関係は消えてしまうような気がするからだ。
「先ほどみたいに、手だけ、見えないところで、いただけますか」