正しい想像力というくだらなさ

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1優しい名無しさん
想像力と簡単にいうがそれがただ子供らしい夢のようなものを親の目の前に提示せよというような命令ならばくだらないというべきだ。
ブラックコメディーやスラップステッィクのようなものもTV画面から消え、それに対し親は言語を失う。
しかし子供は親の子供の観念内に留まっていないからそう言ったものを見ようとするし、なければ想像する。
子供のそういった観念を扱えきれない親。即座に異常というレッテルを貼る社会。それに対して答えを持つべき人間でさえ集団ヒステリー的に排除する。
するとその観念は実行しなければいけない対象としてしか存在せず、現実化するとくだらない事件となる。
死や性に対する想像、そういうものを徹底的に排除し、正統的想像力だけをただ想像力と呼んで喚起しようとする。
このようなくだらなさが人間をさらに薄っぺらくしているのではないのか?
この規制する流れはアメリカでは顕著で学校爆破とかいうフィクションを書いた生徒は拘束されたかなんかしたり、明らかに語ってはいけない部類の情報になっている。
また情報を握り操作する部類の人間はステレオタイプの狂気と紋きり対応を提示し、ただそれの道具化を促す。
本当にただ想像力をというだけでいいのだろうか?
2優しい名無しさん:2001/08/17(金) 12:12
だから、どうだったらいいわけ?
3優しい名無しさん:2001/08/17(金) 12:32
殺意とか妄想に対してもっと思想的なアプローチがないとただ制度の問題の何年か周期の繰り返しになる。
それを分からずにまた同じような内容の典型的妄想と苦悩みたいなものを広げて世論誘導するのがオチだ。
4優しい名無しさん:2001/08/17(金) 12:35
なんだか知らんが今の毎日新聞は退院と授産所のキャンペーンをやっているが、それが早まったり、設置されればそれだけで地域内が友好的になるとでも思っているのか?
5優しい名無しさん:2001/08/17(金) 12:38
一方でくだらない慈悲深さを示しながら一方でステレオタイプの正常を提示する。
厳罰キャンペーンも最悪だったが、これも同じようなものだ。
6優しい名無しさん:2001/08/17(金) 13:45
そういう主張をすること自体は許されているわけだよ。
ここに大きな自由という価値があるわけ。
7優しい名無しさん
自由ね。
そう自由だよ、自由。
あの未成年も自由とかなんとか言ってたんだよね。
さらにはマスコミは反動でまったくの自由をそれらに与えようとしているんだよね。
自由の幅に社会的な規制が働くとしても、もしくは働かないとしても個々人の中にその自由の使いこなしが必要なんだよ。