カウンセリングの是非

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1優しい名無しさん
カウンセリングって何か意味があるのかな。
もう数えるほど受けたけど相手は何も言ってくれない。
けど何かを期待している自分も嫌だ…。
カウンセリングを受けて変われた人っているのかな。
いないでしょ?
無意味だよね、カウンセリングなんて。

2優しい名無しさん :2000/09/19(火) 18:34
まず、カウンセリングが必要かどうかの診断も人それぞれだと思う。
カウンセリングやっても無意味な人もいれば前進する人もいるでしょ。

私的には全部話せるのはカウンセラーだけだし、
心が軽くなるけどな。話してて。
そりゃ「病気が治っていくよ!!」みたいなのは感じないけど。
3優しい名無しさん :2000/09/19(火) 18:39
そんなことないよ、
何年か通っているうちに、自分の中から
ぽろっと答えが出てきたことがある。
カウンセラーさんはその手助けをしてくれているんだよ。
4優しい名無しさん :2000/09/20(水) 01:58
カウンセリング嫌い。
人に自分の深淵を分かち合ってもらうって気持ち悪。
5優しい名無しさん :2000/09/20(水) 03:27
私はカウンセリング受けてて良かったと思ってる。
先生は私が口開くのじっと待ってて、それが初めは
「なんなのこれ意味あんの?」と思ってたけど、
じっと待っててくれてやっとちょっとずつ私も話す様に
なって、今まで思い付きもしなかった思いがこんなに
あったんだ!って、2さんが書かれてらっしゃる様に
心が軽くなっていきました。
6優しい名無しさん :2000/09/21(木) 14:26
「もう数えるほど受けたけど」っていうのは、
カウンセラーは変えたりしてないけど
カウンセリングの回数がそこそこになってる、という意味かな。
一人のカウンセラーにしか、かかったことがなくて
その先生が「何も言ってくれない」ことが不満なのなら
カウンセラーを変えてみることをお勧めする。
カウンセラーによって、
いろいろな意見を言ってくれる人もいれば、
黙ってただうなずいてるだけっていう人もいるから。
7優しい名無しさん :2000/09/21(木) 17:16
プライドが邪魔をして医師にさえ本音を言えない。
カウンセラーには自分は絶対にかかれないよ。
8優しい名無しさん :2000/09/22(金) 01:42
自分ひとりで考えてると頭が混乱してくるので、先生に話すことで整理整頓
ができる。感情と理性の釣り合いを取ってるという感じ。
あと、自分に対して客観的になれる。その分、みっともないみじめな自分を
見てしまって、へこむこともある。
9名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/09/22(金) 02:01
精神科の患者のリハビリをやっている友人に聞いたことがある。
最初は患者の言っている事をすべて聞くこと、一切否定しないこと、
まずそれから始まるんだってさ。
医者に言わせると患者はモルモットみたいな物でしょ?
モルモットって言われると、ちょっとショックだけどね。
治りたいんだったら、自分をさらけ出してみるのも良いかもね。
・・・・・治りたいなぁ。
10優しい名無しさん :2000/09/23(土) 02:05
カウンセラーは、「最終的にこの患者をこういう望ましい状態に持って行こう」
と粗筋を考えてしまっているような気がして嫌だ。
なんだか、その粗筋に従ってやらないと不機嫌になるカウンセラーもいる。
当然、そのカウンセラーのもとは去った。
今のカウンセラーは、カウンセラーの考える「望ましい状態」を押し付け
ることもなく、一人の知的な対話者として私と対峙してくれているので「好き」
ではあるが、それが治療に役立つか否かは疑わしい。
大体、鬱の時には誰にも何も語る気が起きない。
過去のトラウマについて語ったところで、私自身、トラウマが精神病の原因(誘因)
なのか疑っていることもあり、なんだか不毛さを感じる。
結論としては、たまたまカウンセラーしている一個人との対話として、
対話そのものから得られる価値観の拡大に期待するしかないように思える。
それは相手がカウンセラーでなくても同じことなんじゃないだろうか。
11優しい名無しさん :2000/09/23(土) 15:03
>一人の知的な対話者として私と対峙してくれている

そうされるとたぶん治らないよ。
私のかかっている精神科医の態度がそうだから。
知的好奇心をくすぐる会話がお好みで…。
最初はこっちも楽しかったけど段々と辛くなってきた。
うっかりしてあれやこれやくっちゃべった自分が馬鹿だった。
主治医と友達のような関係であること自体が間違っていると今では思う。
12優しい名無しさん
確かにいろんなタイプのカウンセラーがいるね。
初めてかかったカウンセラーは、私が話し始めると途端にノートを開いて、
言ってることの端から下向いてカリカリ書き殴ってる態度がすごく嫌だった。
まさにモルモットって感じ。親に無理やり連れて行かれたようなもんだったか
ら、反発して、わざと適当なことを言い散らかしてやった。
今のカウンセラーに初めて会った時、「失礼ですがノートを取ってもいいです
か?」と聞かれ、それだけで素直に話そうという気になった。
自分はただ話すだけで、相手は聞いてくれているだけで、私はカウンセラーさ
んが自分を治してくれるとは期待してない。話してるうちに、ふっ、と自分の
見たくなかった正体が見えてきたりするもんだよ。だから、かなりの期間をか
けて、一回のカウンセリングにきちんと時間をあてはめて話すことは、いくら
信頼してる友達相手にでも、できない。
カウンセラーがカウンセラー役を演じてくれてるから、自分も患者役を演じら
れる。話してるうちにだんだん自分のことが他人の誰かの物語のような気がし
てくる。で、外から見てるうちに、あぁここが歪んでるな、とか、この気持ち
とこの行動は矛盾してたんだな、って気がつくことができる。
普段あまり人に対して主張できない人とか、頭のなかにごちゃごちゃ感情が溜
まってる人にとっては有効な手段だと思うけど。