共依存
http://www.angel.ne.jp/~hikari-energy/main-menu/detail/kyoizon.html 1 共依存の概念
1970年代に入ってから、アメリカでアルコールや薬物の依存症の家族を支える家族もまた、単なる補助者ではなく、依存症と同様に深刻な病理を抱えた存在だ、という認識が生まれました。
つまり、患者の周囲にいる人々が患者の世話を焼きすぎることによって、患者ではなく患者の病気を支えて(助けて)しまっていることがわかってきたのです。そこから一歩進んで共依存の概念が成立してきました。
次第にアルコールや薬物の依存症だけでなく幅広い依存症(ギャンブル、摂食障害、非行、怒り、暴力、セックス、仕事、人間関係…etc)のまわりには、それを支えている共依存の人たちがいる場合がとても多いことがわかってきたのです。
共依存と言われる人たちは、自分のことより他人の問題の解決や他人の世話に夢中になり、他人がとるべき責任をとらせなかったり、自分で他人のコントロールをしようとします。
他人の問題に振り回されて自分自身を見失ったり、自分を確立できないでいます。共依存は、他者をコントロールしたい、という基本的な欲求があり、
人に自分を頼らせる(無意識にも)ことで相手をコントロールしようとする人と、人に頼ることでその人をコントロールしようとする人との間に成立するような、依存・被依存の嗜癖的関係です。
鍵と鍵穴の関係のように、実は互いに依存し合っています。しかしそれは決して健全な形ではありません。
嗜癖の基礎にあるのも共依存です。
たとえば仕事中毒(ワーカホリック・働きバチ)は、
仕事への熱中、業績の達成、社会的評価の獲得のサイクルの中に自分をつなぎとめている状態です。
自分を必要とし、評価を下す他者の視線によって自己を定義しようとします。
つまり、他者からの評価を求めて努力、献身し、満たされない思いを原動力に努力を繰り返すというパターンがあります。
健全な仕事好きは、
自分の好きな仕事を楽しんでやっているので、自分の創造性を生かして努力するが、それも楽しんでいる。
その結果として人から必要とされ、良い評価を得られる。というものです。
2 共依存症の行動パターン
自らを犠牲にして人を助けたり、世話をする
(無意識に、自分が相手にとって必要とされたり、感謝されたい、認められたいと見返りを期待している)
他人の行動・感情・考え方をコントロールしようとする
(相手の行動の責任を自分がとってしまう。そのためにどのような結果を招いているかは考えない)
問題や危機が起こっているような状況に身を置きやすい
(無意識に、不安定な他人中心の考え方や他人中心の生活をし、問題や危機が起こっていないと空虚になる)
依存心が強く、一人でもやっていける自信がない
(自己評価が低い。見捨てられる恐怖におそわれる)
考え方、視野が狭い
(相手の問題で頭がいっぱい。地域社会や自然などへの関心や貢献が少なくなる)
現実や事実、自分の思い込みに過ぎないことの違いをはっきりと把握することができない
(無意識に事実を否定するクセが自然についている。良くない現実でも大したことがない、と思いこんだり、事実が無かったようにふるまう)
コミュニケーションがうまくできない
(自分をはっきり表現できなかったり、はっきりと断ることが苦手。話題は他人のことが中心)
自分と他人との境界線がはっきりしていないか気づかない
(相手の問題に介入してしまったり、お節介に気づかない。
相手の気分に影響されやすく、いっしょに落ち込んでしまう。
または、相手の気分を変えようとやっきになる)
自分の身体のメッセージに鈍感
(繊細な感情が麻痺している。感情の細やかな表現が苦手。人間関係の境界線が侵されている時に感じる胸のもやもやに気づかない。
そのため何度も同じ過ちを繰り返してしまう。ストレスを早期に感じとれず、身体症状に現れてから自覚する)
怒りにまつわる問題を抱えやすい
(怒りを爆発させやすい人を身の回りに集める傾向がある。自分の怒りを恐れと混同する。
怒りの適切な処理の仕方がわからず、フラストレーションをためこみやすい。
他人に当たったり、爆発したり、静かに自分の内側に向けたりする)
物事の捉え方が両極端
(白か黒か、正しいか間違っているか、自分か相手のどちらかが正しくてどちらかが間違っている、という二極化思考)
忍耐強く待つことができない
(反射的に行動をとったり、急いで結果を出そうとしてせかせかする。余計な心配をする)
罪の意識におそわれやすい
(相手の問題を、自分が何か悪いことをした結果ではないか、自分がもう少し〜してさえいれば、と思いこむ。
自分が欠点を直せば相手も良く変わるだろうと期待して必死になる。相手から批判されたり、拒否されたりすることを極度に恐れる)
被害者意識にとららわれている
(自分を犠牲者・被害者の立場に置きやすい。悪いのは相手であり、自分ではない、と考えて安心しようとする。グチが多い)
愛と執着を混同する
(相手から離れられないのは執着しているからなのに、愛しているからだ、と思いこむ)
建前論、理想論、道徳観念、社会通念にとらわれている
(普通は〜だ、あの人はこうするべきだ、自分はこうなるべきだ、上司というのはこうあるべきだ、…etc。)
つく必要ないときでもウソをつく
(自分や現実を否認するクセがついていて、あまり自覚がない)
自己の確立ができていない
(誰かに幸せにしてもらおう、と期待したり、自分の人生の責任を負っていく決意がない。自分の人生の目的がわからない。
自分らしさを勘違いしてしまう。自分を大切にする、ということがどういうことかわからない)
3 共依存と親密さとの違い
共依存症の人は、親密でない間柄の人の前では親密な関係を装います。しかしそれが本物の親密さと違う点がいくつかあります。
共依存の人は、
自己評価が低い。そのため他人からの批判や否定を極度に恐れ、本来の自分や自分の感情をいつわりがち。
不安からくる支配・拘束の欲求がある。
他人の感情と自分の感情、他人の責任と自分の責任、などの境界線があいまい。
という特徴があります。
4 共依存症を生み出す家庭
共依存症になる人は、自分が育った家庭で親がアルコールその他の依存症だった場合が特に多く、
何らかの機能不全家族の中で育った人たちがなりやすい、とされています。