【創作】UNIX文庫 文豪ハッカー【パクリ】

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521村上春樹的Unix板
たとえば Solaris という OS がある。そしてその Solaris を管理することを専門
的職業とする人々がいる。これはまあ世の中の成り立ち方としては当然のことなの
かもしれないけれど、そういうことについて真剣に考えはじめると、僕の頭は立体
的な迷宮みたいに混乱してしまう。
何故それは Solaris でなくてはならなかったのか?
何故彼は Solaris の管理者になり、僕はならなかったのか?
ある一人の人間が Solaris の管理者になるという行為には、ある一人の人間がネ
ットワークエンジニアになるよりはずっと深い謎が含まれているように僕には思え
る。それを解けば人生が何もかもばらりとわかってしまうような謎が。しかしそれ
は結局のところ僕がネットワークエンジニアであって、 Solaris の管理者ではな
いからかもしれない。もし僕が Solaris の管理をしていたなら、ある一人の人間
がネットワークエンジニアになるという行為のほうがずっと奇妙に見えるのかもし
れない。
522村上春樹的Unix板:03/12/14 01:20
彼はある日の午後に、深い森の奥で Solaris とたまたま出会ったのかもしれない、
と僕は想像する。そして世間話か何かをしているうちにすっかり意気投合して、そ
れで彼は職業的 Solaris 管理者になったのだと。あるいは Solaris は彼にきわめ
て Solaris 的な身の上話をしたのかもしれない。辛い少年時代や複雑な家庭環境
や、容貌上のコンプレックスや、性的な悩みとか、そういうことを。
「AIX や HP/UX のことはおいらにはよくわかんないな」と Solaris は木の枝で地
面をほじくりながら語ったのかもしれない。「だっておいらときたら、生まれてか
らずっと Solaris だもんな。おいらなんか、外国にも行ったことないし、スキー
もやったことないし……」とかなんとか。そしてその日の午後を境として、
Solaris と Solaris 管理者は切っても切れない良きコンビになる。やがて『ホス
トが落ちたときの言い訳を考えよう』スレみたいなおきまりの言い訳を何度か経て、
Solaris と Solaris 管理者は今手に手をとって晴れ晴れしい舞台に立ち、膨大な
リクエストをさばいているのだ。
サーバールームのラックの前で、僕はふとそんなことを考えてしまうわけだ。
それから別の森の奥で誰かが通りかかるのを待ち受けているかもしれない BSD/OS
のことなんかも。
523名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/15 15:23
おおう〜!
あげだ
524村上春樹的Unix板:03/12/15 23:49
「どうして退職を受理したの?」と彼女が訊いた。
「彼は本当は Fortran しか書かないから」と私は言った。
「冗談でしょ?」
「NetNews に流れた投稿にそんな文章があったんだ。数年前に読んだ」
「本当はどうなの?」
「簡単だよ。この夏に彼が出ていったんだ。出ていったきり二度と戻らなかった」
「それから一度も会ってないの?」
「そうだね」と私は言ってビールを口にふくみ、ゆっくりと飲みこんだ。「とくに
会う理由もないからね」
「会社経営はうまくいっていなかったの?」
「会社経営はうまくいっていた」と言って、私は手に持ったビールの缶を眺めなが
ら言った。「でもそんなのは物事の本質とはあまり関係ないんだ。二人で同じプロ
ジェクトに関わっていてもコードを書いたり書類をめくるのは一人だ。僕の言うこ
とはわかる?」
「ええ、わかると思うわ」
525村上春樹的Unix板:03/12/15 23:50
「総体としての人間を単純にタイプファイすることはできないけれど、この業界の
人間が抱くヴィジョンはおおまかに言ってふたつにわけることができると思う。ビ
ジネスマン的なヴィジョンとエンジニア的なヴィジョンだ。僕はどちらかというと
ビジネスマン的なヴィジョンの中で暮らしている人間なんだ。そのビジネスの正当
性はたいした問題じゃない。どこかで金を得なくてはならないからそこに金が必要
なんだ。でもみんながそういう考え方をするわけじゃない」
「そういう考え方をする人でもそのビジネスをなんとかもっと皆に理解してもらお
うと努力するものじゃないかしら?」
「そうかもしれない。でも僕はそうじゃない。みんなが IBM PC/AT 互換機で
Windows を走らせなくちゃいけないという理由はないんだ。左下にある"スタート"
ボタンから全ての操作ができたって、それで機能性がとくに深まるというものでも
ない。仕事を行うための手段が簡素化したにすぎない」
「あなたは MS に対して頑なにすぎるんじゃないかしら?」
「彼も同じことを言ったよ」
「Bill Joy ね?」
「そう」と私は言った。「攻撃対象が明確だと視野が狭窄するんだ。ビールは?」
「ありがとう」と彼女は言った。
526村上春樹的Unix板:03/12/17 00:05
ただのコンピュータなら、それはそれでいい。ただのコンピュータは空の雲のよう
なものだ。それはそこに浮かんでいるだけで、私とは何のかかわりもない。しかし
機能的で先進的で x86 で動いていないコンピュータとなると、話は変わってくる。
私はそれに対してある種の態度を決定することを迫られる。要するにそれに NetBSD
を移植することになるのかもしれないということだ。それがおそらく私の頭を混乱
させてしまうのだろうと思う。うまく機能しない頭を抱えて OS を移植するという
のは簡単なことではないのだ。

とはいっても私は決して機能的なコンピュータを嫌っているわけではない。混乱す
ることと嫌うことは同義ではないのだ。私はこれまでに幾つかの機能的で先進的で
x86 で動いていないコンピュータに NetBSD を移植したことがあるが、それは総合
的に見れば決して悪い体験ではなかった。混乱がうまい方向に導かれれば、そこに
は通常では得ることのできない美しい結果がもたらされることになる。もちろんそ
れがうまくいかないこともある。 OS の移植というのはきわめて微妙な行為であっ
て、日曜日にデパートにでかけて eMachines を買ってくるのとはわけが違うのだ。
同じ機能的で先進的で x86 で動いていないコンピュータでもそれぞれ機能性に差
があって、ある種の機能性は私をうまい方向に導くし、ある種の機能性は私を表層
的混乱の中に置き去りにしてしまう。

そういう意味では機能的なコンピュータに NetBSD を移植することは私にとっては
ひとつの挑戦であった。ハードウェアの機能性にはソフトウェアの機能性と同じく
らい数多くの様々なタイプがあるのだ。
527村上春樹的Unix板:03/12/18 00:58
ひとつ正直に言えるのは、私は企業に祭り上げられる前の Linux の方が好きだと
いうことです。いや、それは違うわね。だって Linux だって Linus が有名になっ
てやろうと思った結果企業に祭り上げられたわけじゃないもの、そういう言い方っ
てちょっと不公平よね。つまり私には企業に祭り上げられる前の Linux で十分な
んだ、ということかしら……。でもきっとこれだけじゃ何のことだかわからないわ
よね。

ねぇ Linux Developer の皆さん、私はこう思います。企業は Linux に何か大事な
ものを与えてくれるかもしれない。でもそれは何かを Linux からうばっているは
ずです。見返りみたいにね。そしてみんながそんな風に Linux から奪っていった
ら、そのうちに Linux はすり減ってなくなってしまうんじゃないのかな。つまり
なんというか、私が本当に言いたいのはね、 Linux が有名になんてならなくても、
私はちっともかまわないんだっていうことね。

実をいうと、私が今ここでこうして毎日モクモクと OpenBSD の開発をしているの
も、けっきょくあのときに Linux と出会えたからじゃないかと思うこともありま
す。それがあったからこそ私はあそこをはなれようと、企業から少しでも遠ざかろ
うと決心したんじゃないかって。こういう言い方をすると Linux Developer の人
達は傷つくかもしれないけれど、それはたぶん本当です。でもおかげで私はここに
自分の場所をやっとみつけることができたのです。だから私は Linux にある意味
で感謝しているのです。ある意味で感謝されるあんてそんなに楽しいことでもない
でしょうけれどね。