鷲田 清一 大阪大学総長、哲学者
ttp://allatanys.jp/B001/UGC020005320090519COK00296_2.html 4月下旬のことである。
TBS系報道番組のTHE・NEWSは、その日の特集の一つとして、以前茨城県で起こった通り魔事件を取り上げ、容疑者の青年が、現代日本を代表する一哲学者の著作を愛読していると報じていた。
その報じ方に寒気がした。
どのような内容、どのような趣旨の本なのかの説明はまったくない。
ただそのなかのある一行を、前後の脈絡にもふれずに、思わせぶりにハイライトで撮すだけ。
その本を手にしながら語るアナウンサーだけでなく、報道内容の責任者であるはずのニュース・キャスターからも、そのあと論評や検証の言葉が口にされることはなかった。
困惑する著者へのインタビューもあったが、それも20秒くらい。
「怖い」というイメージだけが多くのひとに残ったのではないかとおもう。
「風評を流す」とはまさにこのことではないかとおもった。
「ブログ炎上」のようなことが起こるかと危惧したが、その後、新型インフルエンザ、民主党代表選挙と、メディアが別のニュースで盛り上がったのは幸いであった。
もし、この犯人が浄土真宗の檀家に属していたら、メディアによるこの「私刑」は、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という親鸞の言葉にも向かったかもしれない。
メディアは、「イメージ」という名のもっとも感染力の高いウィルスの保有者である、あるいはありうる。
この事実をメディアはもっと怖れるべきだ。
以来わたしは、宵の口、受像機をこのチャンネルに合わせていない。