682 :
:
【1】 神楽坂の料亭
換気扇雀巣づくり春隣り。
床の間に鎧、兜が。それを背に対峙する圭一と江成。
圭一「未央の父親は私です」
混乱の江成。
見つめる圭一。
江成の顔が、見る見る紅潮、立ち上がる。
江成「貴様、許さん、絶対に許さんぞ」
圭一、テーブルを押す。
座り直して、
圭一「あなたに謝ろうという気はない。しかし、私があなたの立場なら、
自分の気がすむまで、相手を打ちのめす」
言いながら圭一も立つ。
荒い息の江成。
直視する圭一。
圭一「これは男と男の問題だ。遠慮することはない。ぶちのめしておかない
と一生後悔する」
江成「貴様!」
渾身の力で圭一の顎を殴った。
圭一、右膝をついた。
こみかみを殴られた。
左肩を蹴られた。
こらえる圭一。
背中から転がった。
拳を傷めたのか、足で蹴る江成。その歪んだ形相。
胃の下に蹴りが入った。
右の脇腹にも。
歯をくいしばる圭一。
683 :
:03/01/14 16:00 ID:4wW+BYq7
【2】 菜の花畑(イリュージョン)
十二色全ての色や北の春。
扇情的な黄色。その奥を圭吾が走っている。
獣医を乗せた圭一が、自転車を漕いでくる。
走りながら喚いている圭吾。
圭吾「早く、早く、カシワドリームが泡ふいている!」
自分も泡をふいている。
圭一の自転車を迎えると、圭一を突き飛ばして自分が乗る。
顔は漕いでいるのだが、溝に車輪が取られて自転車は進まない。
圭一、必死で押す。
● ●
菜の花が風に揺れている。
静かだ。
たっぷん、たっぷんと水の音がする。
水の入った飼葉桶を両手に、圭吾と圭一が急いでいる。
父、圭吾の丸い背中が、古い映画の画像のようにいく。
圭吾「死ねば犬のエサ...、生きれば神さま.....」
なにやら、呪文のように呟いて。
684 :
:03/01/14 16:02 ID:4wW+BYq7
【3】 同じ料亭の一室
立ち上がろうとする圭一。
目を剥く江成、最後の一撃を。
圭一の顔が飛ぶ。それでもこらえた。
江成の左手が、大きく振られた。江成はギッチョだ。
圭一、襖にはりつく。
襖が、ゆっくりと倒れていく。
黒々と倒れる襖の奥に、乱れた髪の江成がいる。
荒い息、殴ったこぶしの痛み、噴出す汗、収拾のつかない顔だ。
江成「ワーッ」と一声。
突っ走ると、圭一の身体にダイビングした。
カウントを待つレスラーにも、寝技に持ち込む柔道家にも、圭一の体に
もぐりこんで、全てを忘れたい子供のようにも見える。
廊下を仲居の走る音がする。
別の障子から一馬が現れ、江成を引き剥がした。
かつて、アパレルメーカーの社長を羽交い絞めにしたときの幼さは影を
ひそめ、どこか、児玉や圭一に似たきな臭さが漂っている。
江成を打ち据えると、馬乗りになって殴ろうとする。
圭一「止めろ」
圭一、顔をしかめ、ツバを吐く。
圭一「いいんだ、本橋。退がっていてくれ」
一馬「しかし、社長....」
圭一「いいんだ、別に殴り合いをしていたわけじゃない」
一馬、江成から離れる。
江成、全身の力を抜くと大の字になる。
圭一、廊下から窺っている仲居に、
圭一「驚かしてすまなかった。なんでもない。あなた方も向こうに行ってくれ」
仲居、頷く。
685 :
:03/01/14 16:04 ID:4wW+BYq7
一馬、江成に警戒の目を向けながらおしぼりを取る。
残っていた襖の一枚が、ゆっくりと江成の上に倒れた。
圭一、渡されたおしぼりで口を拭き、一馬に笑顔を見せる。
圭一「二人のあいだの問題だ。車で待っていてくれ」
圭一と江成を等分に眺め、一馬、部屋を出て行く。
江成、身体を丸めた。
圭一、激痛を堪え、テーブルに戻り、徳利ごと酒をふくむ。
ふと見ると、江成が肩を震わせて嗚咽を漏らしている。
座り直す圭一。
圭一「知らなかったとはいえ、ここまで未央を育ててくれたあなたには感謝
している」
江成、顔の上の襖をどかす。
圭一「だが、私はあんたに謝罪をするつもりはないし、今後、亜木子と未央に
なにかあったら、容赦しない」
言い終わると、これも、畳にひっくり返った。
うなだれていた江成、匍匐前進、圭一に近づく。
圭一、痛む唇の端を押さえ、江成の言葉を待つ。
江成、虚ろな視線を泳がせると、何か呟いた。
圭一「なんですか?」
江成「その倍だ」
圭一「その倍?」
江成、圭一の襟首を掴んで引きよせる。
その目に、瞬間湯沸し器のように生気が戻っている。
江成「全てが自分の思い通りになるとでも思っているのか」
圭一「........」
江成「俺に提供するとほざいている金、そいつの倍だ、40億。それが嫌なら
今すぐ俺の前から消えうせろ」
圭一「それを呑めば全てを承諾するということか」
江成「くどい。寺島牧場などくれてやる。未央が二人の子供だというなら、
未央もくれてやる」
圭一「分かった。希望通りにしよう」
686 :
:03/01/14 16:05 ID:4wW+BYq7
江成「.........で、金は?」
圭一「離婚届けと交換だ」
江成「亜木子は来ないのか」
圭一「もう二度とあなたとあうことはない」
江成「.........」
何かいいかけた。が、唇を噛みしめ無言で部屋を出て行く江成。
見送る圭一。
圭一のN「決着はついたが、充足感は、ない。亜木子を買い戻しただけだ。
そのために、俺は.....」
痛みに耐えて乱れた室内を片づける圭一。
● ●
明るい陽射しに粉雪が舞っている。
圭一と及川が向かい合っている。
及川「圭ちゃんには、やるべき大事なことが残されている。それをきちんと
やってくれたら、俺は全てを水に流すよ」
圭一、見つめている。
抱きかかえるようにして、
及川「次に会うとき、5千万、用意してくれないか」
目をつぶる圭一。
687 :
:03/01/14 16:06 ID:4wW+BYq7
【4】カシワギ・コーポレーション屋上(夜)
逃げる雲追う雲ありて桜散る。
歪んだ顔で夜景を眺めている圭一。
コートを持った一馬が走ってくる。
袖を通そうとしてうめく圭一。
一馬、痛手の深さを思う。
一馬「何があったのですか」
圭一「こうされてあたり前のことを告白して、こうされただけだ」
独り言のように、
圭一「5千万を要求された。ガンで余命幾ばくもない及川さんが、君に
残してやりたいと思った金だ。だが、俺は、勘違いした。及川さん
が俺の成功を妬み、俺の全てを奪いたいのだ、と」
言いながら、ベンチに座る圭一。
一馬、見つめている。
圭一「天神神社で会う前に及川さんは、酒の力をかりて俺の会社に訪ねて
きた。そのときに逢ってさえいれば......きっと......」
688 :
:03/01/14 16:07 ID:4wW+BYq7
【5】同・警備室前
及川恋い圭一慕う春おぼろ。
エレベーターのボタンを押す圭一。
社長室に案内するつもりだ。
及川「圭ちゃん、ここでいいよ、ここで」
と、廊下の椅子に座る。
及川「(ニコニコと)英ちゃんねえ、圭一の一をもらって(と指で一の字を書き)かず。
馬が好きだからって(と馬の字を指で書き)馬。二つ合わせて、一馬って名前に
したんだ。いい名前だろう?」
圭一も側に座っている。
及川「一馬が俺の子だって、一生押し通せるものならそうしたかったよ。だって、
かわいいものあいつ。けど、加代、死んじゃうし、俺、ガンだろう、あいつ、
一人ぼっちになったらかわいそうだもの。それで来ちゃったんだよ、圭ちゃん
が本当の父親だって言いに」
圭一「......」
ゆっくりと立ち上がり、頭を下げる圭一。
「なにやってんだよ」と及川、立つ。
突然、
及川「柏木圭一君、ご成功おめでとう。万歳、万歳、万歳!」
胸が一杯になる圭一。
あの日、そうしたように、及川に抱きついてゆく。
及川も、抱きしめる。
及川「圭ちゃん、一馬を頼むよ」
圭一、何度も頷く。
二人、泣いている。
689 :
:03/01/14 16:08 ID:4wW+BYq7
【6】同・屋上
圭一「及川さんは、俺にではなく児玉に会ってしまった。彼は、強請りかたかりの
酔っ払いと勘違いした。及川さんには想像もつかないことだった。そして、
俺が別の世界に住んでいることを悟った。だから、遺書まで書いて、昔、勤め
ていた仏具屋に呼んだんだ」
● ●
第1話・S1・工場
笑って蛍光灯を消す及川。
笑顔で階段を下りる及川。
懐かしそうに近づく及川。
圭一の声「懐かしかった。そうだここにいたんだって。ふるさとを追われ、身寄り一人
いない東京で、俺が生きられたのは及川さんのお陰だって」
● ●
第8話・S17A・工場
機械を動かす圭一と及川。
屋上で、キャッチボールをする二人。
● ●
第1話・S1・工場
圭一、電車を振り返る。
ラッシュの電車が通過する。
手が届きそうなところに人々の顔がある。
圭一「世間だよ。他人の目だよ。失いたくなかったんだよ。会社や名誉を。
俺は知らず知らずに慢心していたんだ。復讐のチャンスも目の前だ。
この人の口さえ封じれば―――。」
圭一、泣きそうな顔で及川を見る。
電車が、轟音とともに通過する。
宙有の闇に人々を乗せて。
ナイフが及川の胸を突き刺す。
悲鳴をあげながら、ナイフが突き刺さる。
690 :
:03/01/14 16:10 ID:4wW+BYq7
【7】同・同
圭一、ベンチから立ち上がると、一馬に突進。
圭一「こう刺したんだ」
と、及川を刺した時と同じ形になる。
一馬、驚き、身をはがそうともがく。
圭一「聞け、最後までそのまま聞いてくれ。及川さんの心臓は激しく脈打ち、
そして、ゆっくりと止まったのが服の上からでも俺の身体に伝わって
きた。それまで俺は及川さんの体を離さなかった」
呆然と聞いていた一馬。
一馬「......俺が現場検証に呼び出された時、親父は冷たくなっていた!」
悲しく頷く圭一。
圭一「....会社の整理がついたら、しばらく日本を留守にする。一人になって
ゆっくり考えてみたいんだ」
一馬「まさか....」
一馬の視線をまっすぐに受け、
圭一「俺が命を絶てば、お前も同じことをするというんだろう?」
一馬「罪は一緒に受ける覚悟です。あなた一人を死なせるわけにはいかない」
圭一、小さく笑った。
圭一「一馬、お前は私の血が身体に流れていることを恨んでいる。だが、お前に
流れているのは、私の血だけじゃない。新谷英子というお前の母親の血も
流れている。その血を殺さないでくれ」
一馬「......」
さりげなく、
圭一「......お前には姉さんがいる」
一馬「姉さん?」
圭一「そうだ。姉さんだ.....」
一馬「.......」
691 :
:03/01/14 16:11 ID:4wW+BYq7
圭一「俺も最近知ったのだが、こうされてあたり前のことを告白してきた、といった
が、さっき俺は、未央の父親にそのことを教えてやった」
一馬「未央.....あの、江成に!それじゃ、母親は.....」
圭一「そうだ。とっくに調べがついているだろうが、寺島牧場の娘だ」
一馬、パニックだ。
一馬「本当の父親だという人が現われて、姉さんまでいた。由香利に子供が
できて、俺は父親になる」
圭一、一馬の横顔を見つめている。
一馬「そう、あの未央さんが俺の姉さんか、あの人が......」
と、うわごとのように呟いている。
圭一、立ち上がった。
身体が軋む。思わずため息が漏れる。
気付いた一馬、慌てて立つ。
一馬「そのことをあの人は知っているのですか?」
圭一「母親次第だろう」
一馬「........」
圭一「(一馬を凝視して)でも、そのときには、姉を.....、未央を受け止めて
やって欲しい。それが俺の、お前への頼みだ」
一馬「.......」
圭一「私はお前といい親子になれなかった人殺しだ。父親として失格だ。だが
お前は別だ。生まれてくる子のいい父親になれる。血を分けた姉もいる。
お前はこの世で一人ぼっちじゃない」
一馬「死ぬな.....、許さないと言ったろう......」
圭一「いつか、俺の故郷、絵笛を訪ねてくれ。案外いい所なんだ」
踵を返す圭一。
呆けたように立ち尽くす一馬。
圭一の声「一馬と未央という二ツの宝物。私が彼等に託す事が出来るのは何だ、
残された時間は少ない」
【メイン・タイトル】
692 :
:03/01/14 16:12 ID:4wW+BYq7
【8】レストラン
女人とは男が見るもの恋せぬものを。
亜木子と未央がいる。
コーヒーが運ばれてくる。
未央、明るい顔だ。
亜木子、心ここにない。
ウエートレスが去りかけた。
唐突に、
亜木子「未央....」
未央「なに」」
亜木子「.....あなたのお父さんのことなの」
未央「(怪訝な表情)....」
亜木子「あなたのお父さんは、本当のお父さんじゃない....」
未央「えっ!それって、どういうこと?」
亜木子「.......」
未央「じゃあ、私のお父さんは誰なの」
亜木子「.......柏木圭一さん......」
未央「....(愕然としている)」
亜木子「驚くのも無理はないわ。でも、これは本当なの。ずっとあなたに嘘をついてきた
ことは申し訳ないと思っている....。未央、お母さんは柏木さんの子供を宿して
江成と結婚したの....」
未央「(昂奮して)そんな......!」
亜木子「未央、ごめんなさい」
未央「お父さんを騙し続けたの!」
693 :
:03/01/14 16:13 ID:4wW+BYq7
亜木子「お父さんにはずっと申し訳ないと思っていたわ。だから、どんな仕打ちを受けて
も、お母さんは我慢できた....」
未央「.....どうしてもっと早く言ってくれなかったの!」
亜木子「一生、私の胸にしまっておくつもりだった。未央は江成未央として生きる方が
いいって。だけど、まさか、あなたが、圭ちゃんのことを好きになるなんて、思って
もみなかったから....」
未央「........」
亜木子「.......」
未央、ふらっと立ち上がる。
亜木子「未央!」
未央、歩き出す。
亜木子が、追う。
未央の腕を掴もうとした。
未央、振り払い、椅子を倒した。
母から逃げるために、次々と椅子を倒していく。
未央、立ち止まる。
追ってくる亜木子。その距離は無限だ。
未央、振り返る。
未央「ひど過ぎる....」
言葉のない亜木子。
未央の背をそっと抱いた。
泣きながら未央の手が、亜木子の指先を掴んだ。
694 :
:03/01/14 16:13 ID:4wW+BYq7
【9】横矢政治通信社(翌日・昼)
蕗のとう木の芽筍猫の恋。
横矢、エネルギッシュに食事をしている。
無数のナイフとフォークがキラキラと光っている。
斜向かいの洒落た小机に、奈緒子が座っている。
十二色のビーズが小さな容器に詰まっている。そのいく粒かが、黒いビロードの
敷物に並べられ、奈緒子が糸を通している。
昌子も手首に何重ものビーズを巻いて、横矢の給仕をしている。
横矢「ある夜、釈迦は地獄をみた。そこにはめくるめくような料理が並んでいた。だが、
誰もそれを口にはできない。手に持たされた箸が一メートル50センチもの長さで、
料理をつまんでも口には届かないからだ。地獄に堕ちた者どもは、豪華な料理を
目の前にして、哀れなほど飢えおった」
ビーズから目を上げる奈緒子。
その先に、柔和な眼差しの圭一の姿がある。
横矢「次に釈迦は、天国を覗いた」
ふいに昌子が動いた。
横矢「状況は全く同じ、みなが一メートル50センチの箸を使って、ご馳走をうまそうに
食べておった。何故だッ!」
聞き慣れた話なのだろう。獲物を探す横矢に、昌子が長い剣を差し出した。
横矢、テーブルの果物を突き刺し、圭一に突きつけた。
横矢「その長い箸でお互いの口に運びあっていたからだ」
圭一、笑顔で頷くしかない。
横矢、調子が出た。
別の果物を突き刺し、圭一に持たせる。
横矢「君の頭脳、俺の経験、すばらしいご馳走だと思わんか」
圭一「はい.....」
横矢「これをお互いの口に運びあう。そんな美しいことが何故続けられなかった!」
圭一「.......」
695 :
:03/01/14 16:14 ID:4wW+BYq7
横矢「そんなに地獄に堕ちたいか」
圭一「申し訳ありません」
横矢「おい、貧乏人!貴様はド田舎の幼馴染のために俺を利用した。そして、裏切った!」
圭一「......」
奈緒子、くすりともせずに二人を見ている。
横矢「江成を見くびっちゃいけない。刺すんならとどめを刺せ。息の根を止めろ。分かる
か、圭一君。中途半端にいたぶったら、お釣りが来る...しかも俺にだ」
圭一「お義父さんに?これは、私の...」
横矢「いいか、あのファイルには、サギ、脱税、贈賄癒着、スキャンダル、あらゆる江成
の悪事が記録されている。敵の闇ルートを利用したことは明白だ。ということは、
俺がやったことを天下に公表したようなものだ。ただで済むはずがない。」
一瞬、真顔になる圭一。
横矢「何故、江成を抹殺しなかった!何故、代議士にならなかった!この心の痛手をどう
してくれる!何故、江成の女房ごときで、俺の夢を奪った!俺の命を危くした!」
圭一、横矢の迫力に傷の痛みを忘れるほどだ。
横矢「笑わせるぜ。黄色いサクランボだ。ウッフンだ。ルルルールン。(ドスの効いた声色
で)“横矢さん、それはないでしょう”って」
圭一、奈緒子、もはや横矢のワンマンショーを見ているしかない。
横矢「俺を殺すにゃ刃物は要らない。交通事故に溺死、薬殺、射殺、なんでもありだ」
落差の激しい横矢の表情を笑顔で見つめる圭一。
横矢「君は娘を弄び、俺を破滅に追い込んだ。何が面白い?」
ついに圭一、笑い出してしまう。
奈緒子も笑っている。
昌子も笑いを堪えるのに懸命だ。
駄々をこねている横矢が可笑しいのだ。
横矢「何がおかしい!」
笑顔が崩れた圭一、直立不動になった。
696 :
:03/01/14 16:15 ID:4wW+BYq7
圭一「お義父さんに逢えてよかった!です」
思わずこぼれた言葉に戸惑う圭一。
もっと戸惑う横矢。
優しい目になる奈緒子。
言葉を捜す圭一。
圭一「釈迦も教わった。色んな人にも会わせて貰った」
横矢「.....」
圭一「お義父さんは、私ごときを操ってでも政治の表舞台に立とうとした。この人に
ついていけば、地獄から抜け出せるとも思わせてくれた」
横矢「....」
圭一「でも、私は、人殺しです。この手で人を殺めました」
横矢「俺は知らん。いつだ。あれは児玉が....」
圭一「いや、もういいんです。魔が差した。勘違いした私が悪いんです。“やるべき
大事なことを、きちっとやれ“というのは、残された家族の面倒を見ろ、という
ことだったんです。お義父さんや奈緒子や子供たちの....」
横矢「子供たちの?」
奈緒子「......」
圭一「いやいや」
と、手を振り、
圭一「いつかおっしゃいましたよね。大事なことは心にしまっておけ。君がやった
一番ひどいことでも人には言うなって」
横矢「いや、それは映画でマーロン・ブランドが....」
圭一「一人で生きることに慣れすぎた分、お義父さんと奈緒子には甘えてしまいました。
迷惑をかけました。お義父さんの受け売りですが、やっぱり“分相応に風が吹く、
上れば下る川の雑魚“です」
奈緒子の髪をなでていた横矢、
横矢「奈緒子のことはいい。また別口を探す」
奈緒子「......」
圭一「.....」
横矢、圭一の肩を抱く。
横矢「おい、圭一君、君を失いたくない」
697 :
:03/01/14 16:15 ID:4wW+BYq7
頭を下げる圭一。
そんな圭一をしゃにむに抱きしめる横矢。
圭一「一番恐い人に擦り寄っちゃったなァ。お義父さん、ずるい人だから、私をだます
ぐらい簡単だ。昌子さん、(と叫び)あなたも気をつけたほうがいいですよ。江成
の刺客なんて....」
突然ドアが開いた。
武装したコマンド風が立っている。
悲鳴をあげて身を伏せる横矢。その上に覆い被さる圭一。
一瞬の静寂。
戸口で、きょとんと配送の男。
サンタクロースの代わりの蝋人形を届けにきたのだ。
昌子の、置き場を指示する明るい声がする。
伏せたままの横矢と圭一。
圭一、横矢を抱き起こそうとする。
その圭一の背中に、奈緒子が亀の子のように覆い被さった。
ゆっくりと立ち上がる三人。
圭一を挟んでステップを踏む。
蝋人形は粛々と立ち位置が決められる。
ベッド・ミドラーの「あなたと踊りたい」が流れて。
花を手向けねんごろに、さよならだけが人生だ。
698 :
:03/01/14 16:17 ID:4wW+BYq7
【10】疾走する車の中
着膨れて無人の駅に昼の牛。
高架下を圭一の運転する車が走っている。
離婚届を見ている亜木子に、
圭一「あとは君がサインして区役所に出せばいい」
亜木子「.....ありがとう」
圭一「.....会社から手を引くことにした」
亜木子「えっ。それも、私のせい?」
圭一「(苦笑して)少しのんびりしたいだけさ。それより未央さんは?」
亜木子「.....言ったわ」
圭一「(ただ頷く)」
亜木子「あの子の気持ちを思うと、私...」
圭一、亜木子、言葉もなく前を見つめている。
「父から私を奪って下さい!」という未央。
「お母さん、私、写真集が出せるかもしれないの」という未央。
「柏木さーん」と、日高線の踏切に立つ未央。
圭一。
亜木子。
699 :
:03/01/14 16:19 ID:4wW+BYq7
【11】トンネル
圭一の車が来る。
車をとめると、
圭一「これ.....。名義は亜木ちゃんに変更してある。牧場の権利書だ」
と、亜木子に渡す。
亜木子「.......」
圭一「牧場を頼む。大切な牧場だ。どうしても、馬の好きな亜木ちゃんに
守って欲しいんだ」
亜木子「圭ちゃん.....」
圭一「お願いだ。そうしてくれ」
亜木子「.......」
圭一「俺は、電車に乗って、“階段”を買いに東京にきた」
亜木子「.......」
圭一「“天国への階段”なんてお金で買えるはずがないと分かっていたのに」
亜木子「......」
圭一「.....振り返るな。人生なんて瞬きして一巻の終りだ」
亜木子「(たまらない)」
圭一「単純なことを複雑にしちゃいけなかったんだ。俺は絵笛が好きだ。だったら
石にかじりついてもそこにいりゃよかったんだ」
亜木子「(思わず)複雑にしたのは、圭ちゃんでしょ!」
亜木子、昔の自分に戻ろうとしている。
700 :
:03/01/14 16:21 ID:pPOyNuVm
亜木子「手紙読んでくれなかったの?圭ちゃんが追いかけてきてくれれば、私も
電車になんか乗らなかったわよ」
圭一「.......」
亜木子「連れて、逃げて、って書いたでしょ」
圭一「海に、埋めた...」
亜木子「何故?」
圭一「亜木子に近づくな、そう言った君のお父さんを心底、憎んだ。そこに亜木ちゃん
の手紙だ。どうせ、牧場を守るためだと書かれているんだろう。憎む人が、また
一人増える、と思った」
亜木子「喜んで東京に行ったと思ったの?何が書かれていたか分からないじゃない」
圭一「.....懐かしいな、そういう亜木ちゃんの言い方。昔と同じだ」
まん丸になっていた亜木子の目が――――。
亜木子「圭ちゃんと...」
圭一「......」
亜木子「いい馬作って、お父さんたちの夢を叶えてあげたかった....」
圭一「......」
亜木子「もう、戻れない、よね.....」
圭一「......ああ」
亜木子「.....」
二人を包むように雪が降る。
音もなく雪が降る。
圭一、ついっと亜木子から視線を外す。
双眸の涙の亜木子も。
二人の目の前に、絵笛を照らす光の柱があった。
東京の二人が、絵笛の風の中にいる。
701 :
:03/01/14 16:22 ID:pPOyNuVm
【12】警視庁・大きな鏡の掛けられた部屋
地吹雪をたて髪にして馬走る。
殺風景な部屋に壁一面の大きな鏡。
それを背に、桑田が座っている。
水原一課長が控えている。
木製のデスクをはさんで圭一。
圭一、鏡を直視している。
鏡はミラーガラスで、その裏には、制服の監察事務官、刑事部長、神保管理官、
東大井署署長、清水刑事などが、くい入るように圭一の表情を見つめている。
テープレコーダーがまわり、テレビカメラもしつらえてある。
桑田「法務局に一馬さんの出生証明書が保管されていました。出産に立ち会った
助産婦も館山で見つけることができました」
圭一、虚を突かれる。
桑田「訪ねてみると、六十を過ぎた老婆が、はるか昔の英子さんの出産を昨日の
ことのように覚えていました。それほど長い間一馬さんの一件にこだわり
を持ち続けていたからでしょう」
圭一「それが、及川さん殺しとどう関係があるんでしょうか?」
桑田「その助産婦さんと英子さんとは同郷だったんですね。心細かったんでしょう
ねえ。英子さんは彼女に全てを打ちあけていたんです」
圭一「.....」
桑田「妊娠していたんです、英子さんは....」
圭一「.....」
桑田「相手の男からは堕胎するように迫られていた。彼女は産みたかったんです。
だが、英子さんは膵炎の持病があり、勿論、ご存知ですよね」
圭一「.....」
その顔に、暗いドアが開き、新谷英子が洗濯物を抱えて部屋に入ってくるのが見える。
振り返った自分の若き日の顔も。
702 :
:03/01/14 16:23 ID:pPOyNuVm
【13】新谷英子のアパート(昼)
熱燗の似合う女や足袋を脱ぐ。
外から洗濯物を運ぶ英子。
英子「圭ちゃん、「恋人になってくれる」ってお店で聞いた時、何て答えた?」
コタツで紙の走馬灯を作っている圭一。
圭一「さあ.....」
物干し場で、
英子「忘れたの?ずるいんだ。(圭一の口調で)「いいですよ、ちょっとだけなら」」
圭一「.......」
英子「「ちょっとだけ」なんてひどいこと言うわよね」
圭一「.......」
空き地を子供たちの通るのが見える。
英子「かわいい....」
そんな英子を窺い、
圭一「英ちゃん」
英子「なに?」
圭一「いつ、病院にいくんだ?」
振り返った英子の顔が、アカシアの花に溶け込むようにか細い。
圭一「早い方がいいんじゃないか?」
英子「.....死んだ母さんの友だちが、川崎の病院で婦長をやってるの。木村さんって
いうんだけど、助産婦もやっていたっていうから、そこに行ってみる...」
圭一「その人も函館の人?」
英子「そう。私もその人がとりあげてくれたんだって」
圭一「.....」
爪先立ちの英子の白いふくらはぎが、逆光の腰の辺りが目の前にある。
圭一、立ち上がる。獣の目だ。
英子を窓辺からひきずり込む圭一。
英子の「あっ」という声が朽ちはじめたアパートの廊下にこぼれた。
野心も野望もままならないまま、圭一も朽ちはじめている―――。
703 :
:03/01/14 16:24 ID:pPOyNuVm
【14】同じ警視庁の一室
煙草に火をつけた圭一、その煙がまとわりつくように圭一の顔に影を作る。目にしみた
のか、小指でこすっている。
● ●
第3話・S2・工場主殺しの日
工場主に殴られる及川、助ける圭一。
はずみで階段を転げ落ちる工場主。
札束を圭一に渡し、「逃げろ」と叫ぶ及川。
及川が死体をまたぐ。圭一も。
704 :
:03/01/14 16:26 ID:uV0gtBOF
【15】英子のアパート(翌朝)
雨が降っている。
圭一、英子のアパートに舞い戻った。
鍵を開ける。明かりの消えた部屋に、豆電球の仕込まれた走馬灯が回っている。
その光の中で、背中を丸めて、英子が眠っている。
脂汗が流れている。
駆け寄ろうとする圭一。
遠くでパトカーの音がした。
圭一、飛び跳ねるようにしてカーテンの隙間から外を眺める。
突然、足が掴まれる。
ギョッと振り返る圭一。
青白い顔の英子がズボンの裾を引き寄せた。
圭一「どうした。お腹が痛いのか?」
英子「待ちくたびれちゃった...」
と、圭一の体にすがって立とうとする。
英子「何か食べる?」
パトカーの音が近くなる。
圭一、英子を突き飛ばす勢いで自分のバッグに走った。
英子「圭ちゃん!」
目があった。
英子「圭ちゃん!」
どっと涙を溢れさせる英子。
圭一「英ちゃん.....」
英子、圭一を掴まえようとでもするように手を伸ばした。
圭一、あとずさり、脱兎のごとく走り去った。
逃げた。捨てた。扱いやすい小石のように。
英子の顔に、決意が。
705 :
:03/01/14 16:27 ID:uV0gtBOF
【16】同じ警視庁の一室
圭一、誰の顔も見ていない。
桑田「大田区の真徳寺に英子さんのお墓があるのを御存知ですか」
圭一「いいえ」
桑田「昨日が命日でした」
圭一「.......」
桑田「一馬さんの出産は、奇跡のように穏やかだったそうですよ。赤ん坊に対する
愛情が瞬間的に彼女の命に花を添えたのでしょう。しかし、数日後、容体が
急変し亡くなりました。膵炎というのは随分苦しいものだそうですね。
何本も打たれるモルヒネの幻覚の中に、彼女は、姉のように慕っていた及川
加代に一馬さんを託した。一馬を親のない子にしたくないと、あなたの子と
して育ててくれと。加代は一も二もなく了承した」
圭一の口元に分かるか分からないかの笑みが浮かんだ。
あの英子なら、あの加代なら、十分想像できる。
桑田「たとえ、血がどうであろうと、その時あなた方は紛れもなく家族だ」
圭一「その通りです。彼ら夫婦には感謝の言葉もありません」
桑田「その家族同然の及川さんが、強盗殺人で逮捕されたのに、そのことを二十六年間、
全く知らなかったんですか?」
圭一「ええ。事件当時は東京に居ませんでした」
桑田「東京に居なかった?」
706 :
:03/01/14 16:27 ID:uV0gtBOF
圭一「襟裳岬で観光バスが衝突事故を起こして、数人の死者が出た年です。それを
ニュースで知ったとき、無性に故郷に帰りたくなった」
桑田「昭和51年12月15日ですね。事件の一週間前だ」
圭一「(苦笑いして)私の故郷、絵笛は襟裳岬の手前にある。
子供の頃から、襟裳岬の方を眺めては朝日の昇るのを待った。それを思い出し
たら矢もたてもたまらなくなり夜行列車に飛び乗った」
桑田「.....」
圭一「そして、決心した。青物横丁のあの辺りに二度と顔を出すのはやめよう。及川
夫婦に頼るのはよそう、と。彼らはとても優しかった。肉親のいない私は彼ら
の情にどっぷりと浸かっていた。彼らと一線を画さなければ、東京で成功する
という私の夢が、日々、朽ち果てていく....」
話す圭一の顔に、競馬場の音が。
707 :
:03/01/14 16:28 ID:uV0gtBOF
【17】雨の大井競馬場
圭一のN「北海道なんか行っていない。分け前の三百万を手に大井競馬場に迷い込んだ
だけだ。「カシワヘブン」の名が掲示板にあった。私の育てた「カシワドリー
ム」の子だ。それに全額を投じた」
何頭かの馬が、ゲートに向かっている。
旗手を乗せたカシワヘブンが場内をまわっている。
オッズが出る。23.4倍.....。
圭一、馬券売り場にいる。
時計は、〆切り二分前を示している。
場内への階段を走る人々。
圭一、不浄な金を捨てた気分か。
出走ゲートが閉じられた。
手綱を掴む騎手の手許。
死を決意した圭一の青白い顔が便所の中にある。
束になった千円の馬券を見つめている。
雨の馬場をカシワヘブンが疾走している。
美しい姿態だ。絵笛を駆け抜けていたあの馬の子供だ。
圭一が、アナウンスを聞いている。
「驚きました。カシワヘブンのオッズは23.4倍です」
カシワヘブンが最終コーナーを回った。
雨の地面を蹴って先頭集団にいる。
横一線、ゴールを鼻の差で駆け抜けたのはカシワヘブンだ。
「一着、カシワヘブン」のアナウンス。
呆けたように立ち尽くす圭一。
708 :
:03/01/14 16:30 ID:lZhtbOqS
【18】同じ警視庁の一室
圭一「北海道から帰ったのは、彼ら夫婦の前から姿を消して、二週間ほどたって
からです。それから、彼らの前には顔を出していません。私が事件に気付
かなかった理由もお分かりいただけると思います」
桑田「それが真実なら、そうかもしれない。ただ....」
圭一「訊かれたから答えている。信じる、信じないは、そちらの勝手だ」
桑田「......」
圭一、窓辺に立つ。
水原一課長、そろそろ潮時だと思ってか、ミラーの奥を窺う。
桑田も、背中の視線が痛いところだ。
桑田「絵笛に行ってきました」
圭一「........」
桑田「すばらしいところでした。日高本線の無人駅に立って、ゆっくりと原野を染めて
いく夕陽を見た時、あなたがなくしたもの、奪われた屈辱と絶望を少し想像でき
ました」
圭一「.......」
桑田「すべての未来と引き替えにしてでも守りたいものだったのでしょうね。その思い
が、家族であり恩人でもある及川という存在を踏みにじってしまったんじゃあり
ませんか」
圭一「私は殺っていない」
桑田「実は昨日、英子さんのお墓に行ってみたんです。墓前に真っ白なスズランの花が
寄り添うように供えてありました。一体、誰が供えたんでしょうね」
圭一「もうよろしいですか」
桑田「......」
圭一、桑田に微笑んだ。
圭一、桑田と水原に頭を下げると、
圭一「告訴状の件は弁護士に一任します」
と、鏡に向かっても一礼した。
圭一、出口に姿を消す。
桑田、目をしばたいた。
709 :
:03/01/14 16:31 ID:lZhtbOqS
【19】カシワギ・コーポレーション・屋上
一馬が、ノートパソコンで結婚式の案内状を作っている。
「陽春の候、いかがお過ごしでしょうか。突然ではありますが結婚することとなりました。
僕達の結婚式に来て下さい。二人は青物横丁で一緒に育った幼なじみです。
実は、由香利のお腹の中には赤ん坊がいるんです。
育英基金設立の為、東南アジアに長期滞在することもあって決断しました。しかり何
よりも、愛に満ち溢れて幸福だということを、今までお世話になった皆さんに伝えたい
んです。
せっかくの結婚式、僕達らしく手作りで行います。
色々と不手際があると思いますが、ぜひ僕達の晴れ舞台を見に来てください。
ニ〇〇ニ年四月吉日
本橋一馬・杉田由香里
追伸 バージン・ロードを由香里と歩いて下さい。
一馬 」
710 :
:03/01/14 16:31 ID:lZhtbOqS
【20】江成家
その廊下をくる未央。一馬の文面が流れている。
未央の表情からは、その回復が窮えない。
いつの間にか、自分の育った家に辿り着いた。
いつものように、リビングを覗いた。
スタンドの明かりで、江成が電話している。
副大臣候補の打診らしい。未央を見るが電話を切れない。
未央、入ってきて、散乱するテーブルを片付けようとする。
荒廃と仕事にめざめた江成の現実がある。
官僚からのレポート、無数の経済書、メザシに花札、ポルノ雑誌に煙草の吸ガラ。
酒瓶にチョコレート。
どこから手をつけていいか分からない。
未央、部屋の電気の全てをつけて歩く。
初めて愛した男が父親だった。そんな、ジェットコースターに乗っている気分の未央
の顔が、点々と灯っていく。
無防備に背を見せる未央に、江成の表情も複雑だ。
711 :
:03/01/14 16:33 ID:lZhtbOqS
【21】貸衣装屋
織江と由香利がいる。
内掛けにしたい由香利、帯がお腹の子に悪いという織江。
【22】東大井署を出る桑田
また事件でも起きたのか刑事、警官が飛び出てくる。
パトカーが走り出す。
【23】ガソリン・スタンド・洗車場
前後左右、白い泡とともに色とりどりのモップが流れる。
座席の圭一、一馬の招待状を取り出している。
圭一、泡立つフロント・グラスの向こうに、運転する一馬が、憎しみを込めて自分を見た一馬の顔が次々と浮かぶ。
招待状の走り書きを見る。
712 :
:03/01/14 16:34 ID:lZhtbOqS
【24】東京競馬場(日替わり)
緑の芝生がある。
緑の第一コーナーがある。
無人スタンド。風力計が回り、芝には雀がつどっている。
解き放たれたサラブレッドが、一頭だけグラウンドを走っている。
その黒々とした馬体が、白い柵に沿って。
競馬場の大俯瞰。
その片隅に、人々が集まっている。
中条がいる。浜中もいる。
カシワギ・コーポレーションの社員は、社長の引退、会社の整理、一馬の結婚に戸惑っている。
競馬通が、レースの解説をしたりして。
ゲーム・ソフト、ヒューチャーズの社員は、個性的な服装にもかかわらず、冬眠開けの熊のよう、ひたすら陽射しがまぶしい。
人待ち顔の山部もいる。出版社のエリートも、恋すると無垢になる。
その中を、司会、進行、花婿と一手に引き受けた一馬が、白い背広で走り回っている。
その一馬が見つけた。
桑田と清水がくるのを。
桑田は、圭一を逮捕できなかった。が、柏木圭一の最後を見届けてもらいたい一人だ。
万感の思いで頭を下げる一馬。
桑田、苦虫を噛み潰しているが、目は笑っている。
清水は、両手を振った。
713 :
:03/01/14 16:35 ID:lZhtbOqS
一馬、意外である。別の方角から、サングラスの奈緒子も歩いてくるのだ。
青いシルクのロングドレスだ。
走る一馬。「すみません。来て頂けたのですね」
奈緒子、「おめでとう」
案内しようにも座る椅子もない。
「お構いなく」と、微笑む奈緒子。
この人にも、柏木圭一を見てほしいのだ。
奈緒子、緑の芝生に身を置いた。
ペコリお辞儀の一馬、時間を気にしてまた駆け出す。
受付に佐伯がいる。
「もう時間ですよね」と、一馬。
社長秘書の佐伯、ここでもてきぱきと名簿を確認、「あとお二人です」
「そう.....。そろそろ、お母さんを呼びましょうか?」
佐伯に指示を仰ぐ。影の指揮官はこの人なのか。
頷いて佐伯、控え室に急ぐ。
緑の芝生にマイクが一本とエレクトーンがある。
そこに座った中年の社員が、「結婚行進曲」の練習をしている。
その側で、赤ら顔の神父が、手に息を吹きかけ酒の匂いをかいだ。
ハンド・マイクを持った一馬、
「大変、お待たせしました。ただいまより本橋、杉田、ご両家の
結婚式を始めたいと思います。どうぞこちらにお集まりください」
ハンドマイクを小脇に、ヴァージン・ロードの場所だろうか、通路を作る一馬。
佐伯に連れられ、織江がくる。和服だ。髪も結い上げられている。
織江「由香利、一人にしていいのかしら」
佐伯「本橋君が迎えに行きますから」
織江「だって、一馬君、お婿さんでしょ?」
佐伯「全て、一人でやりたいんですって」
控室の由香利が気になる。しかし、青物横丁の人たち、東大井の住人たちの笑顔に、
たちどころに舞い上がり、満面の笑みになる。
そんな織江を見つめ、一馬、また脱兔のごとく走り出す。
714 :
:03/01/14 16:36 ID:lZhtbOqS
と、控え室から腕を組んだ圭一と由香利が現れた。
眩いばかりの由香利の花嫁姿だ。
たたらを踏む一馬。
拍手、歓声が上がる。
なにはなくても江戸むらさき、結婚式は花嫁がきれいならいい。
純白のウェディング・ドレスが風になびいている。
凛とした顔の由香利、しっかりと圭一の腕を掴んでいる。
黒い背広の圭一、一馬に頷く。
「これでいいのか」、と。
泣きそうな顔の一馬。踵を返してセンター・マイクに走る。
圭一、立ち止まって頭をめぐらす。
織江が、
奈緒子が、
桑田が、
中条たちの顔がある。
一馬の声がする。
「それでは花嫁の入場です。拍手でお迎えください」
そこにいるのだが、一馬にとっては、なんでもいい。
一心不乱に生きた父親を瞼に焼き付けておきたいだけだ。
エレクトーンが、結婚行進曲を奏でる。
圭一と由香利、足を揃えようとしている。
と、あのオークスに登場した、耳をつんざく管楽器の音がする。
見ると、幻のようにブラスバンドが浮かび、芝を踏んで行進して来るのだ。
バトンが振られ、管楽器が、太鼓が、音高く「勇者へ」を演奏している。
大きく口を開ける一馬。
参会者も。
715 :
:03/01/14 16:37 ID:lZhtbOqS
圭一、思わず無人の観客席を見る。通用口を見る。
空まで眺めてみる。
楽隊の音が、突然消える。
12万の観衆に膨れあがったオークスのあの日、横矢に連れられ、江成に会い、
亜木子に再会した。
遠い昔のようだ。
あの日、改めて復讐を決意した。
その犠牲者が、未央だった。
ブラスバンドが近づき、転調、「結婚行進曲」になっている。
織江に付き添う佐伯が、圭一を促す。あくまでも、社長秘書だ。
圭一と由香利が歩き出す。
鳩が飛ぶ。紙ふぶきが舞う。
奈緒子が見つめている。
桑田が、涙を拭いている。
ブランスバンドを背に、一馬が食い入るように圭一を見つめている。
圭一、思わず一馬から目を外した。
何かが目に端に入ったような気がした。
716 :
:03/01/14 16:38 ID:lZhtbOqS
未央、だ。
ブラスバンドの中に、未央がいるのだ。
由香利が、圭一の腕を離れた。
一馬、圭一にお辞儀をし、由香利を迎えた。
瞬く間だ。
腕を組んだ花婿、花嫁の背中がある。
その向こうに、未央がいる。
未央、笑顔だ。長い手足をシンプルなワンピースに包み、隊列の真ん中で
「ターンタタタンター」と口でメロディをとりながら、腕を振っている。
若き日の亜木子のようだ。
湖で「天国への階段」のレコードを聴いていた時の。
「元気か?」
圭一の口が動く。
「お父さんは?」
と、未央の口が動いた。
717 :
:03/01/14 16:40 ID:1H35n0iy
【25】 海
天国に一番近い島、ボールパニア。
白浜が無限に広がっている。
海は、濃い緑でうねっている。
紺碧の空を背に、圭一が歩いている。
そのロング、そのトラック、その望遠。
海辺にしゃがむ圭一。
手が、海に触った。
勢いをつけて顔を洗う。
したたる水滴。大きな粒になって圭一の頬を流れる。
カタカタと風車の鳴る音がする。
カシワドリームがいる。
湖がある。
亜木子がいた。
若い圭一が、湖で顔を洗っている。
若い亜木子が歩いてくる。
718 :
:03/01/14 16:41 ID:1H35n0iy
深い深いオーバーラップ。
東京の街。止められた車の側に圭一と亜木子。
亜木子が、圭一を見た。
圭一も。亜木子が「ありがとう」と言った。哀しげに首を振る圭一。
「ロング・グッド・バイ」。
二人の顔が近づこうとしている。カメラが遠去かろうとしている。
深い深いオーバーラップ。
ボールパニアの海。
シルエット気味だった圭一が、ふり返る。水滴がしたたっている。
砂浜に、未央、一馬、奈緒子、織江、由香利、桑田たちが、
ブラスバンドを従えて、かけてくる。みんな笑顔だ。
葬送行進曲ではない。
明るい「聖者の行進」が奏でられている。
破顔する圭一。
そのUP、そのタイト、そのロング。
突然の闇。
誰も居ない海。
天空に、一条の強い光の柱が立っている。
静寂が―――。
(終)