★☆ 毎日放送 ちちんぷいぷい MBS Part24 ☆★

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15韓国人は差別されるような事を自らする
ロサンゼルスのダウンタウンから少し西に行くとサウスセントラルになる。
大昔は白人高級住宅街だったが、今は住み変わって低所得階層、つまり黒人の街に変わっている。
そんな街で食料、雑貨などの商売を最初に始めたのがユダヤ系移民だった。
ユダヤ人たちはそこで小金をため、子供たちの教育費に充てた。
成長した子供たちはやがて法曹界やハリウッドで活躍し、マリブなどに両親のための家を建てた。
両親は黒人街の店をたたみ、去っていった。

ユダヤ人に代わって次に黒人街に来たのは日本人だった。
彼らも一生懸命に働いた。
資金がたまると黒人街を巣立ち、白人街にスーパーや洗濯屋を開いた。
リトルトーキョーを見下ろす小高い丘ポルツハイツが、そのころの成功した日本人の住宅街になる。
黒人たちは出て行く日本人に言った。
「ユダヤ人を昔見送った。そして今度は日本人を見送る。私たちばいつも見送るだけ…」。

日本人が出て行ったあと韓国人が入ってきた。
そしてそれまでと大きく雰囲気が変わった。
新しい経営者は気難しく、客への侮りを隠そうともしなかった。
そんなある日、彼らの経営する雑貨店で黒人少女が小物を万引きした。
店番をしていた経営者の女性が銃を持ち掛し、黒人少女を背中から撃った。
少女は即死した。
彼らに不快感を募らせていた住民は激怒して店を囲んだ。
ロス市警が出動して間に入っだが、それがかえって感情をくすぶらぜ内在化さぜる結果になった。
のちに「あの店をやらせておけば」という声が当局者の間で何度かささやかれることになる。
16韓国人は差別されるような事を自らする:2006/06/07(水) 19:05:39 ID:rOwgfyyI0
そしてこのときサウスセントラルの外側でまったく別の事件が起きていた。
例のロドニー・キング事件、白人警官4人が黒人を袋叩きにしたあの事件の裁判で
警官を無罪とする評決が出された。
評決は黒人蔑視と受け取られた。沸騰した怒りはサウスセントラルの一画ノルマンディ大通りの
交差点で白人の乗ったトラックを襲うという形で爆発した。
九二年のロサンゼルス暴動の始まりだった。
黒人暴徒は付近の商店街を襲い火を放ち、あるいは商品を掠奪していった。
騒ぎは西のウェスタン通りに拡大した。

無秩序に拡大するように見えた暴動には、実は明らかな標的があった。
掠奪と焼き討ちは韓国人街とその商店に集中した。

韓国人たちもそれに応じて武装し黒人と見かければ容紋なく銃を発射した。
ロス暴動の死者は四日間で五十余人に達した。
火の手がロデオドライブに広がる危険が出たころ、暴動ば績圧された。
韓国人街は市警が暴動鎮圧に消極的だったと厳しく非難した。
無事の我々が犠牲を強いられた責任は市当局にある、と。
韓国人はすぐ感情をむき出しにし、他人の貴任を追及する。
扱いにくい人たちだと市民は感じた。
17韓国人は差別されるような事を自らする:2006/06/07(水) 19:41:35 ID:0q+n/bbQ0
パート3・552 :親中親韓 :02/04/05 23:58 ID:s6NohB1I
LA暴動の時、白人と黒人の対立のように報道されていたが、
黒人達のターゲットにされたのは、多くの場合、白人ではなくて韓国系の商店だった。
黒人の韓国系住民に対する憎悪は凄まじいものがある。
韓国街とリトル東京は隣接していたが、黒人達は、日系人達はいい奴だから、
appearanceが同じでも絶対に間違うな、俺達のターゲットは韓国系だ、と区別していたから、
あれだけの暴動が起きたにも関わらず日系人は全くと言っていいほど被害に遭わなかった。


韓国人は何故襲撃されたのか?

黒人新聞「マネー・トークス・ニューズ」「韓国人は下劣・貪欲・傲慢・差別主義」
上記新聞は、「生まれてこの方、韓国人ほど冷酷で愚劣で無分別で、
しかも侮辱的で傲慢な人間に会ったことはない」とまで書き、
同じく黒人新聞の「ザ・ロサンゼルス・センチネル」は韓国人の貪欲さ、
社会的貢献ゼロ、働き過ぎ、黒人蔑視を手厳しく批判。

また黒人学生を対象に行ったある世論調査では、
「韓国人は最も距離を置いた人種」との結果が出ている。
一見したところ日本人だか韓国人だか見分けがつくと思えないのに、
黒人社会でははっきりと日本人と韓国人を区別し、対応を変えていたという黒人側の証言もある。

かつてカーター政権下で厚生教育長官の特別補佐官を努め、また米国進出の韓国企業を顧客に
法律事務を担当した経験もあるM・カルフーン博士(現在日本で日本社会について研究中)は、
「日本人と韓国人はまったく似て非なる人種。
韓国人は妥協するとか、相手の意見を聞こうとかしない点で日本人とは大違いだった」と指摘している。

『THIS IS 読売』(1992年8月号)
「コリアンはなぜ嫌われたのか  ロス暴動と核疑惑の狭間」
高浜 賛(読売新聞調査研究本部主任研究員)