【TATOO<刺青>あり 〜 梅川のハッシャバイ・シーガル】
序文
ルイ14世の治下に続けることを余儀なくされた、
七十年に渡るその治世における数々の大戦争は、
国家の財政と国民の資力とをはなはだしく疲弊せしめはしたものの、
世の災厄に便乗して金儲けしてやろうと待ちかまえている、
あの蛭のような徴税請負人たちの、
私服を肥えしめるというふしぎな結果を生じた。
こういう人物たちは、国家の災難を鎮めようとするどころか、
逆に混乱を煽り立てて、
そこから多大の利益をむさぼりとろうとさえするのである。
それでも、このルイ14世の崇高な治世の末期は、
フランス王政の各時代を通じて、
おそらくもっとも金持がひそかに富み栄え、
やりたい放題の放蕩三昧が幅を利かせたひどい時代でもあった。
作者がこれから語ろうとする四人の道楽者が、
奇怪で淫楽な遊蕩の饗宴を思い描いたのも、
こうした治世の末期、
ルイ14世の弟・オルレアン公フィリップが、
かの有名な徴税請負人検問裁判所を開設され、
悪徳極まりない徴税請負人たちから不正所得を吐き出させようとしていた、
ちょうどその頃のことなのである。
平民階級のみがこの徴税の仕事に当たっていたと思ったら大間違いで、
彼らの先頭には大貴族たちもいたのである。
ブランジ公爵やその弟の司教は、
二人ともこうして徴税の請負に関係して、
莫大な財産を気づき上げたので、
貴族もやはり他の階級と同様、
こうした手段によって私腹を肥やすことを忘れてはいなかったという。
これが何よりの動かしがたい証拠である。
有名な徴税請負人のデュルセやキュルヴァル法院長と、
遊蕩や訴訟事件によって親しく結ばれた、
このブランジ公爵と弟・司教という当代かくれなき名士が、
作者の語らんとする放蕩の計画をめぐらした張本人で、
彼らはこのデュルセ・キュルヴァルの二人の友達にその計画を伝えて、
四人でもって、あの途方もなき狂饗の主役をつとめたのであった。
富と趣好の一致によって結ばれていた、
この四人の神をも恐れぬ道楽者たちは、
もう六年以上も前から姻族関係を結んで、
仲間の絆をさらにいっそう強固にしようと考えていた。
これには淫楽が大きな役割を占めていて、
普通こうした関係を結ぶ際の基礎になる様々な他の動機は、
何ひとつとしてそこに介在してはいなかった。
ところで、彼らの取り決めとは、
いったいいかなるものであったのか?
そこでいかなる契約が、彼らの間に結ばれたのか?
ブランジ公には三人の亡妻があり、
そのうちの一人に二人の娘を産ませていたが、
キュルヴァル法院長は、
この二人の娘の姉の方と父親とが懇ろな関係になっているのを重々知りつつ、
彼女を嫁にもらいたい気があった。
そこで、キュルヴァルの気持ちを察していた公爵が、
ある日奇怪な三重結婚を一挙に実現しようと企てたのである。
「ジュリーを嫁にもらいたいとおっしゃるのですな」と公爵はキュルヴァルに言った。
「よろしい、喜んでさしあげましょう。
条件はただ一つです。
それは、あなたの妻になってからも、
ジュリーが以前と同じようにわたしと親しい関係を持ち続け、
しかもあなたがその点について少しも嫉妬しないこと、
それから、
われわれの共通の友人であるデュルセが、
その娘コンスタンスをわたしに添わせてくれるよう、
あなたがジュリーに対して抱いている感情とほぼ同じ感情を、
あのコンスタンスに対して抱いているのでしてな」
「しかし」とキュルヴァルは言った。
「まさかご存知ないわけではありますまいが、デュルセだって、
あなたと同じような道楽者ではありませんか・・・・・・」
「むろん、そんなことは百も承知ですわ」と公爵は答えた、
「しかし、わたしくらいの年齢で、
わたしのような考え方をしている人間は、
そんなことで躊躇逡巡するものではありません。
まさかわたしが女を情婦にする気でいるなどと、
お考えになっているわけではありますまいね?
さよう、わたしは自分の気まぐれに奉仕させるため、
数限りないささやかな秘密の放蕩を隠蔽するためにこそ、
女を求めているのです。
秘密の放蕩を覆い隠すには、
結婚という隠れ蓑がもっともよろしい。
一口に申しあげれば、
あなたがわたくしの娘を求めておられるごとく、
わたしも彼女を求めているのですよ。
あなたの目的と欲望を、
わたしが知らないとでもお思いですか?
わたしたち道楽者は女を奴隷のごとくに扱うものでしてな。
情婦より妻という名目の方が、
はるかに女は従順になるものです。
わたしたちの味わう快感において、
専制主義というものがどんなに貴重なものであるかは、
あなたもよくご存知でしょう」
こんな話をしていると、ちょうどそこへ徴税請負人デュルセがやって来た。
彼は二人の友だちから話の内容を伝えられると、
放蕩劇の幕開けにすっかり夢中になってしまい、
自分の娘のコンスタンスとはただの父娘の関係ではないし、
自分も法院長の娘のアデライドに、
前々から同じような思し召しがあったのだと告白し、
キュルヴァル法院長の婿にならせてくれれば、
自分も公爵を娘の婿にしてよいと約束した。
こうして、この三組の結婚式はさっそくとりきめられ、
お互いに莫大な持参金が持ち寄られ、
それぞれ自分の娘を嫁にやるけれども、
自分の娘に対するこれまでの権利を留保するという、
対等の契約条項を取り交わした。
法院長も、二人の友人に劣らず悪者で、
自分自身の娘とのひそかな関係を告白したが、
もとより、そんなことで気を悪くするようなデュルセではない。
そんなわけで、三人の父親は、
だれもが自分の権利を確保することを望んでいたので、
この権利をいやが上にも拡張するために、
三人の娘はそれぞれ名義上は夫だけのものになるけれども、
肉体に関しては、三人のうちのだれか
ひとりに属するということなく、
だれもが同じ権利を行使しようということに意見の一致を見た。
そして、もしも娘たちがこの条項に服従することを拒否するならば、
厳罰を与えてやろうということにした。
三人の間でこの取りきめが交わされようとしていた矢先、
以前から兄の友だちとの快楽の仲間入りをしていた司教が割り込んできて、
ある提案をした。
それは三人のあいだに異論さえなければ、
自分も仲間に入れて、
この縁組に四人目の人間を加えようではないかという提案で、
その四人目の人間とは、公爵の二番目の娘、
つまり司教の姪に当たる女の子である。
けれども実は、この女の子は意外と司教に近い関係にあったので、
それというのが、
司教は兄嫁と長いこと密通していて、
二人の兄弟はアリーヌと呼ばれたこの娘が、
公爵の子というよりはむしろ司教の子に違いないことを、
お互い暗黙のうちに了解していたからである。
赤ん坊の頃からアリーヌの世話を一任されていた道楽者の司教が、
容易に想像されるがごとく、
彼女が色香の年になるのを待たないで、
彼女の魅力を味わっていたのは言うまでもない。
したがって、この点においても彼は仲間たちと対等であり、
彼自身が提案した取引の実現は、
その損害も堕落ぶりも皆と同じ程度のモノだった訳である。
けれどもアリーヌの魅力と若々しさとは、
他の三人の娘たちよりはるかに勝っていたから、
仲間たちは躊躇せず取引を承諾した。
司教も三人の仲間と同じく、
自分の権利を確保しつつ交渉に応じ、
かくて盟約を結んだ四人の道楽者は、
それぞれ四人の妻の夫となったわけである。
こうして、次のような取りきめが成立した。
読者の便利のために、ざっと復習してみるのがよろしかろう――
ジュリーの父親ブランジ公爵は、デュルセの娘コンスタントの夫になる。
コンスタンスの父親デュルセは、法院長の娘アデライドのの夫になる。
アデライドの父親キュルヴァル法院長は、公爵の姉娘ジュリーの夫になる。
そして最後にアリーヌの叔父であり父親である司教は、
このアリーヌたちを友人たちに譲り、
しかも彼女に対する自分の権利は相変わらず保存しつつ、
他の三人の娘たちの夫になる。
ざっとこういった取り決めであった。
で、彼らはこの素晴らしい結婚式を挙行するために、
ブルボネ地方にあった公爵の領地へおもむいていったが、
そこでの数々の饗宴については、
諸君の想像にお任せすることにする。
作者としては、今後もこういった種類の乱痴気騒ぎの模様について、
飽きるほど触れていかねばならないので、
ここで筆に任せてお楽しみに耽っている訳にはいかないのである。
ブルボネ地方からパリに帰ってくると、
四人の友だちの結合は一段とその結合を強固なものにしていった。
彼らのひとりひとりについて、
もっとくわしい分析を行う予定ではあるが、
この道楽者たちの性格をさらけだして見せるには、
淫靡な彼らの取り決めを手短かに述べてみるのが適当であろうと思われる。
仲間たちは一緒に資金をだしあって、
六ヶ月間、各人が順番に管理することになっていたが、
この莫大な共同基金は快楽のためにしか利用できないのであった。
彼らの法外かつ不法な財産は、様々な途方もない乱交を可能ならしめていたので、
よしんば美食や背徳行為だけのために、
年間二百万フランもの莫大な金が浪費されたからといって、
読者諸氏は驚かないで欲しいモノである。