>>410のつづき
なお、坂本を散策したい方にアドバイスすると、日吉大社、里坊周辺、公人屋敷周辺は全く心配いらず。
明智光秀の墓のある西教寺まで足をのばされる場合は、山野辺の道(日吉大社東本宮横から北にのびる歩道)を
歩くか、宵宮場(よみやば←旧竹林院の北東にある広場)から北へのびる広い道路を歩けばいいです。
でも、別に不審者のごとく立ち止まってジロジロみなけりゃ、それらしい地域内に入っても問題ないと思いますよ。
最後に、坂本の旧被差別部落地区(旧上坂本枝郷八木山村)の方々の「名誉」のために以下を書き添えます。
現在、坂本学区は小学校は坂本小学校1校だけですが、この小学校は「至明学校」「篤明学校」「穴穂学校」の
3つの学校が合併してできました。
このうち、明治7年創立の「篤明学校」が現在の坂本小学校の母体になるのだけど、一番最初に出来た学校は
明治5年創立の「至明学校」。現在の大津市で一番最初に出来た学校だそうです。
実は、この「至明学校」こそ、被差別部落地区の人たちが通った学校なのです。
しかも、この学校は、当時全国でもあまりみられない、その地域の住民達がお金を出し合って造った学校なのです。
詳しくは以下をご覧ください。
http://www.otsu.ed.jp/skmt/souritsu/ というわけで、この地区の昔の方々はものすごく向学心に燃えて熱心に努力されているのをお忘れなく。