>>15のつづき
国鉄分割民営化、長狭線JR東日本へ継承される。
地元での定期券・回数券購入促進等の運動でかろうじて旅客輸送密度が2,000人/km/日を
維持しつつも、JR発足1年後に廃止。
安房鴨川〜金束間、第三セクター房総なのはな鉄道株式会社に転換される。
当初地元では房総なのはな鉄道による長狭西線の開業を求める熱意が沸くも、
次第に東京湾横断道路開通をにらみ、県道千葉鴨川線、県道路公社鴨川有料道路、
国道410号線の改修・整備に地元の熱が移りゆき、長狭西線期成同盟会も事実上の休眠状態になる。
鉄建公団から千葉県へ対し長狭西線の建設に打診があるものの、既に地元では
長狭西線へ対する熱意が無く、未成線用地と構造物は、国鉄清算事業団の手へ渡る。
長狭西線期成同盟会も正式に解散となる。
自動車社会に加え急速な少子化により利用客は減り続け、房総なのはな鉄道も廃止となった。
富津市と鴨川市にまたがる山間部には、コンクリート製の高架や長大トンネルが、静かに眠る。
・・・妄想してみたが、やっぱ脳内でも経営が無理そうなんで、廃線と未成線になっちゃったよ('A`)