し R 酉 日 本 vs 三 菱 ふ そ う

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62名無しでGO!
三菱自動車再生委員会よりコピペ


Re: さようなら 三菱の自動車と機関車 鉄道員 - 06/11(金) 18:48  No.3771 

私は仕事でも趣味でも鉄道と長く付き合ってきましたが、社員の皆さんに
ぜひとも知っていただきたいことがありますので投稿します。
三菱自動車の親元である三菱重工は、かつて国鉄や私鉄の機関車や貨車を
製造していました。国鉄の鉄道車両は、設計は国鉄車輌設計事務所で行い、
各メーカーは国鉄の設計図に従って製造されていました。
ところが1950年代より蒸気機関車を電気機関車やディーゼル機関車に
置き換える政策が取られたのですが、国鉄は電気機関車の設計は得意だった
のに対し、ディーゼル機関車はなかなか開発が進みませんでした。
そこで国鉄は各車輌メーカーに呼びかけてコンペを行い、その結果、新三
菱重工三原製作所で試作された機関車が最優秀との評価を受けました。
国鉄はその機関車をDD54と名づけ、三菱一社特命で製造させました。
このDD54は1966年〜1971年に40輌つくられて、山陰本線や福
知山線、播但線で使用されました。
63名無しでGO!:04/06/15 21:07 ID:FURv7tMK
続き

ところが使用開始からすぐにエンジン、変速機、推進軸などに故障が続発
し、国鉄は困り果てました。走行中に推進軸が脱落して、その推進軸に機関
車が乗り上げて脱線する事故が続発しました。
製作した三菱重工が、ろくな対策を取れなかったようで、40輌が製作さ
れたDD54は使用開始から5年以内に全機が廃車になりました。
機関車は普通30年程度は使えるものです。それがたったの5年!結局、三菱重工は
「ろくな機関車を作れない」責任を取り、1979年をもって機関車の製造を中止しました。
それから鉄道車輌をつくっていません。