東京外環(外かん)・圏央道 その10

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155国道774号線

春の長い日も少しずつ影の伸びてくるころ、
特別急行ゆうづる5号は時刻どおりに上野駅を離れた。
これから13時間わたしは車中の人。
私の乗る9号車の寝台車はほぼ満員で、車内には北日本の言葉が飛び交っている
松戸のピアザに通っていた頃はしょちゅう乗っていた路線でも列車が違えば景色が違う。
荒川の球場も千住の発電所も新鮮に映る。
明後日は久しぶりに美佳子や岩田夫妻、まなびぃと一緒に札幌でのイベント
おそらくこれで直球時代のメンバーが揃うのも最後なのだろう
美佳子はエクセル時代に急行高千穂の座席車で25時間かけて鹿児島まで行ったのがよほど懲りたのか、
今度の北海道行きは客船にしてほしいというし、まなびぃは私用で新潟に用事があるらしく別行動での札幌入りになった。
美佳子と一緒でなく、この列車を選んだのは、明日の奈々ちゃんのライブを見るためだった。
ただし、このことは誰にも伝えてないし、チケットも自力で取得しておいた。
美佳子には私は船酔いがひどいからと文句が出そうにない言い訳をして断った。

江戸川を渡ればあとはひたすら田圃風景。要塞のような松戸のカタパルト
春色の梢が虚空を突き、田植えを待つ水田 
何事もなかったように聳える筑波の蒼い峰、手賀沼の鏡
156国道774号線:03/05/15 11:51 ID:s/C9eBUU
わたしは正直奈々ちゃんが苦手だ。
奈々ちゃんには飛行機の旅費が出るらしく、こないだのラジオの収録のあとも
「やっぱりF-40やバイカウントよりYS-11のほうが快適だから10時の東亜国内航空の便にしてもらったわ〜」
などと例の人差し指を口の前で動かす例の仕種で自慢げに話していた。
東京−札幌の航空運賃は特別寝台車で行く場合の3倍強という法外な値段でとても普通の人には手が届かない
実力主義のこの世界。平等がないことは理解している。プリッツの中で奈々ちゃんの歌唱力が突出して高いのは誰もが認めている
そしてそれが彼女の資質だけでなく長年の努力の成果であることもわかっている。
それでも、わたしは奈々ちゃんにいい感情はもっていない。表面的には仲良くしててもなっちゃんと2人で会話をすれば
必ずといっていいほど奈々ちゃんの悪口を話している
ただ、もっちーは何も感じてないようだけど・・・・・
 それには私の羨望や嫉妬もあるけれど、彼女自身の態度も問題だと思っている
自分が一番でないと気がすまない性格やADなど弱い立場の人に当り散らすような行動が、周辺からよく思われてないのは事実だ。
それを考えると、今まで一人も彼氏ができなかったのも当然という気がする。
それでもわたしがライブに行くのは、普段と違う彼女の姿を見て何か理解できることがあればと思ったからだ。
東京ではなかなか御忍びでの行動も難しいが、札幌ならまさか奈々ちゃんもわたしが来るとは思わないだろう
いくら陰口をたたいてもそんなものは有害で無益に過ぎない。
本当は歌手を目指して、上京してきた彼女。プリッツのメンバー、あるいは声優ではなく
歌手として姿を見ておくのも悪くないだろうし
プリッツのリーダーとして、他のメンバーのことも理解する責務もある。


157国道774号線:03/05/15 11:54 ID:s/C9eBUU
まちりんの故郷の街を右手に眺め
藤代の手前で車内灯が消えるあたりから車窓は徐々に闇色に姿を変えていく。
土浦ではいくばくかの残照も残っていたが、水戸は群青色の空にネオンサインが輝くだけ。
大甕を出ると、給仕が寝台のセットをはじめた。
周りの客も備え付けの浴衣に着替えて就寝の準備をしている。
車掌が明日の朝の青森到着は早いことを告げながら特急券・寝台券をチェックして回っている。
わたしも持参のTシャツと短パンに着替えたけれど、まだ眠たくないし、指定されている中段の寝台は窮屈でもあるので。
食堂車に行ってみる。席は半分以上埋まったたけど、さいわい相席にならずにはすんだ。
メニューを見開けば、おいしそうなものがずらりと並んでいるもののやっぱり値段は高めだ。
その中で割りと安そうな黒麦酒と海老フライセットを註文する。
周りの客は楽しそうに談笑しているが、奥の席に陣取ってはみたものの一人は寂しい
このあたりは炭田地帯で通過する駅々はどれも黒く煤け、裸電球の貧しい光だけが明るい
勿来の関を越えて、平に着くあたりでは残る客は数組まで減った。

わたしはプリッツでどんな立場なんだろ?表向きにはリーダーだけどなっちゃんのほうが適任だと思うし
もっちーのようなかわいさも奈々ちゃんのような卓越した歌唱力もない
わたしは要らない人間なの?そう思うと途端に激しい自己嫌悪が湧き上がりそうになる。
考えたってどうしようもないことだと強引に結論を出し、熱燗とブランデーを頼んだ
考え事をするよりはこのほうが気分もいいから・・・・
結局次々と違う種類のハードリカーを註文して、閉店まで食堂車にいた
寝台に戻ると酒が効いてかあっという間に眠りに落ちた。