『夫婦別姓』に反対する理由をこちらでどうぞ。

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863名無しさん@お腹いっぱい。
>>856
> だから、その反対派の設問自体が、反対理由として成り立ってないよ、というのが賛成派の主張ですよ。
> 反対派は「姓は家族の名前であり、夫婦は同じ家族に属するから、その結果として同じ姓になる」とか言いますが、
> それこそ、名字についての認識を誤解していますよ、という指摘を私は今までしています。

それは反論になってないよ。
「あんたの言うことは正しくないと思う」と言ってるだけであって、結局、選択別姓
制度と、日本文化における氏のあり方がどう結びつくのか、何の説明もできてない。
864名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/03(火) 16:37:08
で、この人は自分の都合のいいようにしか人の話を解釈しないから対話が
成立しないんだよな。

そもそも、女性は氏や名字を名乗ることはほとんどなかった。
なので「夫婦が同姓になるか別姓になるか」という議論は歴史上の議論としては
まったく何の意味もないし、そんな話をした覚えはまったくない。
「昔は夫婦同姓だった」とか「夫婦同姓が日本の伝統だ」などと一言も言った
覚えはない。

そうではなく、名字が、それまでの祖先系統名だった氏に変わって、領地単位の
共同体の名称として発生してきた事実を指摘している。
氏は祖先系統名であるから、次男や三男が分家しても変わることはない。
藤原氏の子孫はどこまで続いても永遠に藤原氏であり、そのことは明治維新時の
公家が公文書に「藤原朝臣」と署名していることを見てもわかる。
しかし名字は共同体名であるから、分家独立した場合、新たな領地の名前で
新しい家ができた。
同じ源氏から新田氏、足利氏、武田氏などが生まれ、足利氏からさらに細川氏、
吉良氏、今川氏などが生まれた。
ただし、常に新しい家名が生まれるわけではなく、同じ家名の分家になる場合も
あるので、次男も三男も同じ名字じゃないか、というのは反論にならない。念のため。
この共同体こそが「家」(現代でいえば家族)であり、親子間で(基本的には
嫡流で)継承されるものでもある。

明治民法において法律上の「氏」としてはこの「名字」のほうが採用されたが、
名字が共同体の名前である性質を踏まえ、「家」に属する者が同じ氏を名乗る
ことになる。このとき夫婦間でどうか、という問題は、ひとえに「家」に妻を入れるか
入れないか、ということになる。
それは、結局は当時の一般的な慣習にしたがって「妻も含む」というのが主流と
して採用された。
これによって妻も夫と同じ氏を名乗ることになった。
865名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/03(火) 16:48:47
で、家に妻を含むかどうかの意識については、まだ研究途上にあって
はっきりした結論は出ていないのだが、こういう研究もある。

http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b33873.html
「戦国を生きた公家の妻たち」

『戦国時代になると、公家の妻たちは夫の名字を名乗り、同じ墓地に
葬られるようになった。平安時代以来の「夫婦別姓」「夫婦別墓」の
伝統が崩れ、婚家に帰属するようになったのはなぜか。世襲化される
家業を盛りたて、家政を取りしきる妻たち。婚家の一員として戦国の世を
懸命に生き抜き、時には家族で花見や外出を楽しむ彼女たちの
生きざまに迫る。』

このほか、戦国ごろから近世にかけての女性の名は、たいてい婚家の氏で
呼ばれる。
「細川ガラシャ」「羽柴おね(ねね)=北政所」「前田まつ」「大石りく」など。
また、例はあまり多くはないが、戦国期には女性が当主として家を治めた
事例もある。
たとえば井伊直虎(直虎本人が女性)や、遠山景任の妻、立花道雪の娘など。
場合によって妻が婚家の家督を相続することもあったわけだ。
こういうことから、妻の所属は実家ではなく婚家のほうであると考えられるように
なっていったであろうと考えることができる。
866名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/03(火) 16:51:27
で、最後に繰り返しになるけど、「反対派がいう氏の性質は誤りだ」という主張を
いくらしたところで、こちらが反対している理由である「選択別姓制度における
氏のあり方は日本の文化背景と一致していない」を否定できるものではないので、
そこにいくら労力と時間をかけて必死に論駁しようとしても無駄ですよ、っていう。

否定したいのであれば、「選択別姓制度における氏の性質はこうなる。これは
こういう日本の文化的背景とこのように一致している。」と反論しなければ意味がない。