良い音楽ライター/悪い音楽ライター

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362匿名希望さん
 音楽的に革命的たりうることが、パンクの「精神」であり「ロック」の「スピリット」であると主張する
小野島大センセイは,オルタナティヴロック,ヒップホップ,テクノこそが現代パンクだと,10年も前に
流行った言説をいまだに主張し続けている。なるほど、「精神」だの「ロック」だの「スピリット」だの,
口にするのもおぞましい恥語を平気で使えるセンス、もはやテクノのフィールドでは、誰も
恥ずかしくて口にすら出そうともしない、「精神的にはパンク」なる論説に、いまだ
しがみついているその醜態を見れば、氏こそ、斎東野人の巣窟のごとき音楽ジャンル,「ロック」には
相応しい御仁であるのかもしれないが。
 とはいえ、単に氏の私的な嗜好にすぎぬ音楽ジャンルのあれこれを,強引にひとくくりにしている
だけの陳腐な言説の,お粗末ぶりには、さすがにその手の世界から、完全に距離をとっている私で
さえ、閉口する。氏の言説は,単に「カレーも,焼き肉も,オムライスも"セイシン"はラ-メン
である」というような,レトリックですらない妄言に過ぎぬ。一方で氏は「スパゲティ(ヘヴィ・メタル)は
ラ-メン(パンク)ではないからダメだ」と切り捨て,「おにぎり(ラモ-ンズ)はごはん(ロックンロ-ル)
だからよい」と自らの言説を翻すような支離滅裂な発言を平気で繰り返す。バカボンのパパだから
パパなのだという論理を平気でふりかざす輩はけっして少なくはないが,氏の言説は,バカボン
のパパだからウナギイヌなのだとでも言わんばかりの妄誕ぶりではないか。
もはや何をかいわんや,彼奴こそ度し難きバカ以外の何者でもない。
 別に氏がヘヴィメタルが嫌いでも一向に構わない。かくいう私もへヴィメタルは嫌いだし,氏と嗜好
が重なりあう部分も少なくない。けれども,私は嫌いな音楽は嫌いな音楽として完結させるべきだと
思うし,わざわざ嫌いな音楽を,あれこれレトリックを駆使してまでも貶めようとは思わぬ。誤解して
ほしくないのだが,私は何も「嫌い」であるところの理由を述べてはいけないとは言っていない。
ましてや,あらゆる音楽のスタイルをリスペクトすべきだとは,たとえ建て前としてでも言いたくもない。
あくまで,「嫌い」である音楽を,「正しくない」音楽であるとまで,論理を飛躍させる、その汚い手口を
批判しているのである。氏は殊さらに「革命的」「革命的」と金科玉条ごとく唱えるが,革新とは保守
との相対的関係によってなりたつものだとわからないのか。また氏言うところの「革命的」手法に
よる音楽が,真に革新たりうるというその根拠さえ定かではないのだ。
363匿名希望さん:2001/07/19(木) 14:34
私とて,ヒップホップやテクノがその初期段階において,「革命的」であったことを認めるのは吝かで
はない。がそれぞれ20年以上,もしくは10数年以上の歴史を持つそれらの音楽が現時点でどう
「革命的」といえるのか。もちろんそれらの音楽の枠組の中において,"体制内革命"を実行しようと
する試みはあるだろう。けれども,それを「革命的」な音楽とまで呼ぶのは,あまりに早計の至りとしか
いいようがない。もし氏が自身のポリシーに従い,「革命的」手法/方法論による音楽のみをサポート
したいと考えるのならば,即刻これら旧態依然のエスタブリッシュ音楽(テクノでありヒップホップ)こそ
糾弾すべきである。
 氏はまた,形がい化していった第二世代以降のパンクバンドよりも同時期に現れたニューウェーヴ
バンドの方がはるかに「精神的」なパンクであったとも言う(その割には氏がスティッフリトルフィンガ
-ズや,シャム69を称賛するのはなぜなのか。もちろん私は氏のようにパンクの「精神」性を重視しな
いので,素直にこれらのグル-プの優れた音楽性を評価するが)。だが,これまた氏お得意のスリカエ
の論理だ。確かに,ポップグル-プやPIL,ギャングオブフォ-といったグル-プは,通常ポピュラ-
ミュ-ジック/「ロック」音楽の範疇では用いない音階やリズムをを用い,本来なら不愉快極まりない
音塊をかくも優れた音楽にまで仕立てあげたのは事実である。しかしながら,長いポピュラ-
ミュ-ジック/「ロック」音楽の歴史において,そういった手法が全く前例を見ないものではけっして
なかった。それが証拠に,これら多くの優れたニュ-ウェ-ヴバンドのル-ツが,いにしえのジャ-マン
ロックにあることは,知られた事実ではないか。
 ニュ-ウェ-ヴ音楽が,「斬新」かつ「革命的」に思えたのは,アヴァンギャルド音楽やフリージャズ,
現代音楽に造詣の浅い「ロック」少年であった氏の,"思い出"にすぎないのではなかろうか。
もちろん私には氏の"思い出"を踏みにじるような意図はまったくないし,むしろ"思い出"は"思い出"
として,氏の胸のうちに留めておくのが,はるかに美しい行為である,と忠告したいのだ。
最後に,繰り返しになるが、私は氏言うところの「革命的」な音楽,「精神的」なパンクが,つまらない
音楽だと捉えているわけではない。むしろこれらの音楽が「革命的」であろうとなかろうと,「精神的」
なパンクであろうとなかろうと,優れた音楽であることに、違いはないのだ。