『代表から外れるのは和月、以上』-【GUN BLAZE WAST】-その15-

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 翌日。和月はアシスタント達に打ち切りである旨を告げた。
 反応は様々だった。
 泣く者、
 怒る者(誰に怒っているのだろう?)、
 茫然自失とする者――だが、皆悔しそうなことはよく判った。
 数日間、和月は考えることを止め、最終回を描くことに専念した。
 最終回、この世界は終わりを告げる。だのに、マンガの中のキャラは
それは楽しそうに笑顔を見せていた。
 ――癪に障る。
 お前らはもう、「どうしようもない」存在なんだぞ。終わりなんだ、夢見る
「GUN BLAZE WEST」には永遠に辿り着けないんだ。
 そんなことを思う自分に和月は驚いた、どうやら疲れているらしい。
 最終回の原稿が仕上がり、和月は巻末のコメントを書いた。
「短い間でしたがありがとうございました、また頑張ります――」
 そこまで書いて、紙をくしゃくしゃに丸めた。
 集英社に電話する。
「ああ、和月先生、どうしました?」
「あのさ、あの最後のコメントだけど、もうちょっと待って貰えるかな?」
「ああ、いいっすよ。いざとなったらこっちで何とかしますから」
「いや、ちゃんと自分で書くよ。……うん、それじゃ」
 気分転換に散歩に出掛けることにした。
 マンガばかり描いていると昼夜の区別がつかなくなる。
 和月は久しぶりに見るような強い日差しにくらくらした。
 もう、夏か――。
 和月は近くにあった公園を思い出した。
 そこのベンチでゆっくりコメントでも考えよう、最後のコメントなんだから
それくらいしたってバチは当たるまい。
 のんびりした足取りで和月は公園に向かった。

 それは、コンビニの前を通りかかったときだった。
「――ジャンプだ」
 プールの帰りらしい小学生たちが、ジャンプを読んでいた。
 彼等が今読んでいる号は随分と自分のマンガ――
「GUN BLAZE WEST」がかなり後ろになっているはずだ。
(読んでくれ……)
 和月は祈った。俺はああいう子供達の為にマンガを描いたんだ。
 熱い日差しを浴びながら、和月はコンビニの中の子供達をじっと
見据えていた。
 一人が、巻頭カラーのマンガを読んだだけでジャンプを放り投げた。
(「ONE PIECE」 か……)
 もう一人は半ばまで読んだところで、ぱらぱらとおざなりにページを
めくり、やはり放り出した。当然、和月のマンガは読まれてもいまい。
 二人はやがてマンガからアイスのコーナーへ移動した。
 残りは一人。
 コンビニのドアが突然開いたので、和月は慌てて目を逸らした。
 声が聞こえる。
「なー、もー帰ろうぜー」
 色黒の小学生が、まだジャンプを読んでいるおそらくクラスメイトの
友達に自動ドアのところで声を掛けた。
 ジャンプを読み耽る小学生は
「ごめーん、もーちょっと待ってー」
 とおざなりに声を掛けた。
「早くしろよー、アイス溶けるだろー」
「えーと……先に行っててー」
「んー」
 和月は、茫然と小学生を見つめていた。その子供は、とても楽しそうに
ジャンプを読んでいた、その中にはとても子供向けとはいえないシロモノ
だってあるというのに。
 ゆっくりページをめくり、目を輝かせ、かつて和月が夢中でジャンプを
読んだ小学生の時代がそのままそこに映し出されていた。
 その小学生は、おそらく「GUN BLAZE WEST」も読み、最後の作者の
コメントまできっちり目を通すと、アイスを買って急いで先に行った二人
の元へ向かって行った。
 和月は、茫然としていた。心のどこかで、子供達は今はもうマンガなん
て好きでも何でもないと思いこんでいた。しかし、やはりいるのだ。
 自分のマンガでも、面白いと思ってくれる子供だっているのだ。
 和月はいてもたってもいられず、仕事場に走って戻った。
(ダイエットしなきゃな……)
 和月はぜぇぜぇと息を切らせながら、いささか、というにはあまりにも
多量に脂肪をつけた腹を見てため息をついた。
 あまりにも情けないではないか。
 付けっぱなしだったクーラーは瞬時に和月の汗をひかせた。
「さて、と……」
 久しぶりに和月はウキウキしながら、メモ用紙とペンを取った。
 さらさらとシューと、そしてバロンを描いた。
 そうだ、二人が旧知の仲というのはどうだろう、結構面白いかもしれない。
 設定上の不都合はないかな?
 そこまで考えて、気付いた。
 自分はもうジャンプから用済みの人間であることに。
 和月はペンを走らせるのを止めた。
「……」
 寝よう、和月はペンを置くとそのままソファーに横になった。
 だが、頭は冴えてちっとも眠れない。
 それどころか、「GUN BLAZE WEST」のアイデアが数限りなく
浮かんでくる。
 新しいキャラ・ストーリー・設定……そんなものは既に妄想以外の
何物でもないのに。
 電話が、鳴った。
「聞いたよ、打ち切り」
 電話の主は和月の師匠ともいえる存在、小畑健だった。
「はぁ……すいませんでした、力が足りなかったです」
「いや、そう自分を責めるな。運が無かっただけかもしれないぞ」
 他人事だと思って――和月は自分の師匠に毒づきたくなった。
「なあ、和月。……悔しいか?」
「ええ、まあ」
 嘘だった、こんな状態でも未だに悔しいとか悲しいとかいうような
感情はちっとも沸いてこなかった。
「嘘をつけ」
 小畑はそんな和月の心を見透かすように言った。
「いつか、そう、確かアレは……『ランプランプ』の時だったっけ。
お前、俺の打ち切りが悔しくて憤っていただろう?」
「ええ、あれは、まあ……」
 当時、小畑のアシスタントをしていた和月は、小畑があのマンガを
描くのにどれほど苦労していたか知っていた。その苦労に見合わない
打ち切り――和月は、悔しかった。
「でも、俺は全然悔しそうじゃなかったろう?」
「そう……でしたね」
 そうだ、和月達が悔しくてしょうがないところに、小畑は
「まあ、仕方ないさ」と冷たいくらいの言い方だった。
 この人は、自分のマンガに対する愛情がないのか――?
 そうも、思った。
「……あの時の、俺の気持ちが、今にお前にも分かる」
 小畑はそう言って、電話を切った。
 ツー、ツー、ツーと電話は交信が断ち切られたことを主張している。
 和月は静かに受話器を下ろした。
 ……今に、何がわかるというのだろう。
(いくら小畑先生でも、俺の気持ちが分かってたまるか)
 和月は再びごろりとソファーに横になった。

 夢だ。「GUN BLAZE WEST」のキャラが動いている。
 アニメ? 否、違う。これは、そう――妄想だ。
 ビューが、ウィルが、コリスが、甲冑男爵が、自分のペンから
解放されるように生き生きと動いている。
 自分が描きたかったものが、描けなかったものが、そこにあった。
 和月は手を伸ばし、足掻いた。待ってくれ、俺を置いていかないでくれ。
 彼等はどんどん遠くへ去って行く。和月は置いてけぼりにされた。

「……!」
 タイマーを設定してあったらしい、クーラーが止まっていた。
 和月は全身に寝汗をかいていた、ひたすら不快だ。
 けれど、それよりも何よりも、和月はマンガを描きたくて仕方なかった。
 「GUN BLAZE WEST」を描きたくて仕方なかった。
 ああすればよかった、こうすればよかった、ああすればいい、こうすれ
ば面白い――尽きることのない創作の泉が、和月の頭に溢れていた。
 けれど。
 「GUN BLAZE WEST」はもう描けない。
485名無しさんのレスが読めるのは2chだけ!:2001/08/08(水) 21:20
うお、面白いっすよ
続き書いてください
 和月は、最初寝汗が目に染みたのだと思った。
 たらたらと、目から塩っ辛いものが流れ出し、口に入りこむ。
 手で拭った。
 止まらない。
 また手で拭う。
(ああ、俺は、泣いて、いるのか――)
 和月は、全身を震わせてひたすら泣いた。
 みっともない――何て、みっともないのだろう。
 いい歳食って、慢性的に太り気味の中年が、ひたすら泣いている。
 和月は、自分を嘲けった。
 それでも、涙は止まらなかった。

 やがて、涙を流し終わると、和月は奇妙にスッキリした気分だった。
 ……とにかく、まず、自分がやるべきことは。
 机に向かい、ペンを取った。
 しばらく、悩んでからさらさらとこう書いた。
「チカラ及びませんでした。期待してくれた人、ゴメンナサイ――」
 ……少し、ネガティブな印象を受けるな、と和月は思った。
 まだ、スペースに余裕があるな。なら、
 和月はもう少しだけ文を足した。
「チカラ及びませんでした。期待 してくれた人、ゴメンナサイ。
ゼロから出直してきます。」
 これで、いい。
 和月はそれを編集部にFAXで送り、うん、と背伸びをした。
 これからどうするか? その答えだけは決まっている。
 そして、それがきっと小畑師匠が言いたかったことだ。
 ――次のマンガを描こう。

                                 END