岡田英弘 リスペクト!!

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94世界@名無史さん
たとえ歴史学の泰斗であろうと
言語学の初歩も知らずに比較言語的アプローチを試みれば
これ程までの恥を晒す事となる。
曰く「現代日本語は英語の直訳」「現代中国語は極端に言うと日本語の方言」
  「漢文を綴る限り現実を描写できず古典の理想しか祖述できない」等々‥
誰でもいいからこのドキュンの言語論を笑いのめしてくれい。  
95世界@名無史さん:2001/07/02(月) 18:08
「漢文を綴る限り現実を描写できず古典の理想しか祖述できない」
これは事実だろう。
96世界@名無史さん:2001/07/02(月) 18:59
>>95
激しく同意。
漢文でリアルな描写したら駄文だね。
97世界@名無史さん:2001/07/02(月) 22:54
>>95
同意。
古典に引き寄せて表現することに縛られることを美徳とするからね。
98世界@名無史さん:2001/07/02(月) 22:57
>>94
現代中国語の用語の多くは日本由来。
明治時代に言文一致体を生む際に実験材料になったのは、
翻訳文。それをベースに日本独自(実は模倣)の近代小説
などで確立された。
9994:2001/07/03(火) 18:32
>>95-97
漢文で書かれた今風で言えばルポタージュの存在を知らないのかな。
平凡社の確か中国古典文学大系に収まっている随筆集の中には
「揚州十日記」のような恐るべき現実を描写した作品が多々あるぞ。
巻次は終わりの方だったと思うが、公立図書館なり行って確かめてみたらどうか。
ここで問われているのは駄文か名文かではなくて、現実を描いてみてそれで意が通じるか否かだろう。
「古典の理想しか祖述できない」のは体制化した儒教の教条主義のせいだろう。

>>98
現代の時代的要請に応じてお相手から輸入された語彙がなんぼ多くても
言語の骨格を成す文法に近縁性が無いなら、一方が他方の方言なんぞ言えない。
言語学会でこんな発言したら永久追放処分ものじゃないかな。
あなたの指摘されたこと自体は正しいと思うが。
ただ岡英さんは、はじめからお呼びじゃないから好き放題電波を垂れ流しているだけで。
100世界@名無史さん:2001/07/03(火) 21:46
>>99
>「古典の理想しか祖述できない」のは体制化した儒教の教条主義のせいだろう。

岡田氏はとうに思想としては駆逐された儒教が
官僚の記述様式に生き続けたことが
中国の歴代王朝における史学の限界を決めた。
といった感じのことを書いてるよ。


>現代の時代的要請に応じてお相手から輸入された語彙がなんぼ多くても
言語の骨格を成す文法に近縁性が無いなら、一方が他方の方言なんぞ言えない。

当たり前だ。
教条どおりの音声言語としてなら、
日本語の影響は皆無だな。
極端に言わなければ、
「現代中国の多くの語彙は日本製漢語の中国読みだ。」
これなら文句ないだろ。

しかし、語彙における日本の影響は軽視できないと思うがな。
日本の作った欧州文献訳出用の新漢語を国名に使っていることを
中国人は知らないんじゃないのかな。
101世界@名無史さん:2001/07/03(火) 22:17
>「揚州十日記」
>「古典の理想しか祖述できない」のは体制化した儒教の教条主義のせいだろう。

そうだね。でも記述されたときの評価はどうなのか?
そこまでの視野で考えるべきでは?

>語彙における日本の影響は軽視できないと思うがな。
激しく同意。
人民共和国憲法の法律用語のうち、
かなりの割合が日本製であることは、
岡田氏の評価とはいっさい別にして、
日本の中国史学界では常識化しつつありますね。
10299:2001/07/04(水) 17:25
>>100
>岡田氏はとうに思想としては駆逐された儒教が
 官僚の記述様式に生き続けたことが
 中国の歴代王朝における史学の限界を決めた。
 といった感じのことを書いてるよ。

その主張は既に知っている。だからここで問題にしているのは
それ以前に「漢文を綴る限り現実を描写できず古典の理想しか祖述できない」
という言語学のイロハも弁えない命題って訳。
儒教が何の思想に駆逐されたかは岡英さんは黙して語らないし
(他の思想じゃなくて、統治の現実的要請とするのだろうが)
これについても異論はあるが、それはこの際置いておく。


>極端に言わなければ、
 「現代中国の多くの語彙は日本製漢語の中国読みだ。」
 これなら文句ないだろ。

文句ある。彼がアカデミズムの人間なら
極端に言ったって、親族関係にない言語同士を
方言のようなタームで一括りにすべきではない。
もちろん下二行については
大昔、日本語が中国製漢語の日本語読みの文化的語彙を導入したのと
同じく真実であろう。

>>101
「揚州十日記」について言えば、1645年の清軍による揚州攻略に伴う
残虐行為を記した実地体験者の「ルポタージュ」だから
当然清朝統治下では堂々と公刊されず、日本で確か出版されていたと思う。
このように政治的な理由で公式に評価されなかったり
科挙受験者必須の学習書とされた儒教経典、及び注釈書との格の違いはあっても
社会の現実の悲惨さを照射した随筆、メモワールの類はレッキと存在する。