文化としてのバレーへ

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21名無し@チャチャチャ
今大会最終日の第3試合、イタリア対クロアチア戦の終盤、日本の葛和監督が戦況をじっと見つめていた。第4セット、レトのスパイクが決まり、クロアチアの25点目が入ると、うなずいてその場を去った。

この瞬間はもちろん、日本女子バレーにとっても大きな歴史の転換点である。千駄ヶ谷の悲劇、史上初の屈辱、表向きはそう見える。しかし、それでもあえて書く。間違いなく、これでよかったのだ。ようやく「東洋の魔女」の呪縛から解き放たれる瞬間がきたのだ。
東京五輪以来、日本女子は五輪だけで金2銀2銅1のメダルを獲得。それは間違いなく栄光の歴史だった。しかし、優勝した東京あるいはモントリオール五輪の頃と比べ、現在の女子バレーは違うスポーツと言っていいくらい異質なものになっている。ブロックのワンタッチがタッチの回数にカウントされなくなり、リベロ制が導入、さらに全セットラリーポイント制に移行と、ルール自体が大きく変わった。当時は日本とソ連と共産圏のごくわずかな国でしか強化が行われていなかったのに対し、バレーを競技スポーツとして強化する国は確実に増えている。そして、西暦の下2桁と身長の下2桁が並ぶように、急激に大型化が進んでいる。東洋の魔女と呼ばれた歴史は、もはや呪縛でしかなくなっていたと言えるだろう。
世界ランキングによって決められた五輪本戦の組分けを見ると、日本がクロアチアの代わりに出場していたと仮定すれば、前回を上回るベスト8はほぼ確実である。しかし、もしこの内容で五輪本戦に出場し、ベスト8に入って全てよし、ということになれば、4年後に待っているものは間違いなくより決定的な破局である。
22名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:30 ID:???
今大会の敗因を徹底的に反省すること、それからチームの再建は始まる。
まず、バレーという競技の本質が何か、考えてみたい。まず第一に、攻撃より先に守備がある。守備は攻撃の前提だ。クロアチアチームの記事で再三書いている通り、相手の打ったボールを拾ってセッターに返さない限り、攻撃のチャンスそのものがないからだ。次に、攻撃の本質とは何かを考えるに、それは「相手の隙をつく」ことにあると思う。時間の隙、空間の隙を、変幻自在につき、相手の感覚を惑わせる。そうすれば相手にさらに隙ができてくる。極端な話、相手のブロックを完全に振ることができれば、ネットから手が出る高さがあれば十分なのだ。

一見、大型化とは反する議論にも思える。しかし、大型化の必要を否定したいわけではなく、根本を忘れての大型化では意味がない、と言いたいのである。前回の女子Vリーグでは、スタメン平均172のチームが21戦全勝優勝という結果になったけれども、そのことが、バレーの本質がこの2点にあることを証明していると思う。それを他のチームより忠実に実行した結果が21連勝、ということにすぎないと思っている。ここ10年ほど(もっと長いか?)、大型化を目指しながらそれが中途半端に終わり、五輪の直前になると小型チームに戻る、これが繰り返されてきた。それは、ここで書いた本質をおろそかにして、高さに無い物ねだりをしたからだ、と考えている。
23名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:31 ID:???
そしてこの2点とも、今回の全日本はできなかったのだ、ということに気がついてほしい。
ミスのない堅い守備、ということは常々葛和監督も口にしてきた。そのための努力はうかがえた。しかし現実には、サーブレシーブの乱れる場面があまりにも多すぎた。女子Vリーグの鎖国、つまり、世界レベルの攻撃を常に受けていなかったことが、守備力の低下を招いたのは、間違いない。世界の水準を正しく把握できなかったということである。
攻撃については、高さも破壊力もなく、それ以上に単調だった。どうすれば相手の守りに隙ができるのか、それを考えてプレーしているとは思えなかった。4年前8年前のチームと比べても、攻撃の威力・バリエーションとも、極端に退化しているように思われる。イタリア戦では決まり切った攻撃を繰り返し、ことごとくシャットされるかワンタッチをとられて拾われた。クロアチア戦の後半など、クロアチア以上にエース勝負をやっていた。ほとんどレフトオープンかブロードしかない。これではロシアかキューバのバレーである。決まらないのは当たり前だ。
しかも、大会中の記事でも書いたとおり、日本は非常に均質なチームになっていた。均質というのは、誰が入っても戦術を変えることはできない、という意味である。例えば、イタリアのセッター対角には、トグットとメロという選手がいる。トグットは高いところから高いトスを打ち下ろす、いわゆる大砲である。それに対し、メロは速攻やコンビに絡むのが得意の選手、イタリアリーグではセンターでの起用も多い。この両選手を入れ替えれば、戦術も大きく変わる。しかし、日本には戦術を変えるための駒は用意されていないのだ。
24名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:31 ID:???
世界を追い上げるためには、この根本を徹底した上での大型化以外にはない。そして、この根本のレベルを高めるためには、大型の選手を鍛えるしかない。いつも相手の隙を変幻自在につくコンビバレーができるわけではない。レシーバーの正面のボールなら上げられても、レシーバーの間にバーバラやアルのスパイクが飛んできたらどうしようもない。だから、それなりの対抗手段、高さもパワーも必要である。先ほど、「隙」という表現をしたが、絶対的なエースが存在すれば、その選手が得点をとるだけでなく、相手の守備に、物理的・精神的に大きな隙ができる。クロアチアのセンター攻撃は、ほかのチームと比べれば救い難く粗末な代物だが、それが決まってしまうのは、バーバラの存在によって、相手の守備にそれだけ大きな隙ができているからである。また、セッターが150台では、そこにとてつもなく巨大な隙ができてしまう。それで前衛もう一人も170台前半といわれた日には、それこそ手の打ちようがない。韓国とは高さの差はないと思われているが、今大会のチームで、最高到達点平均では10cm近く負けていることに注意すべきである。
25名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:34 ID:???
大会直前に正セッターを竹下に交代したのは、結果的には失敗だった。竹下が上手なセッターでないという意味で、失敗というのではない。そもそも前年に大型セッター構想が挫折、小型でも速くて安定したトスを上げられる板橋を登用した。しかも、少なくとも結果を見る限り、これは成功だった。その板橋をあえて大会直前で交代したのは、板橋以上に速くしかも攻撃を多彩にするという狙いだったのだろう。そうでなければ、板橋と比べても、身長で7cm、到達点で10cm低いセッターを起用する意味はない。しかし、その狙いを実現するためには、チームの全員が竹下のトス回しを完全に理解していなければならない。そしてそれは、短時間では非常に難しいことのはずである。大会まで3ヶ月という時点で竹下をあえて起用するとすれば、NEC全日本にすべきだったのではないか(少なくともスタメンはNECのスタメンと同じにする)。
もちろん、サーブレシーブ・レシーブが乱れたことも、竹下を生かせなかった大きな理由である。低いセッターを中心としたコンビバレーなど、守備が乱れればまさしく絵に描いた餅である。先ほどNECそのまま全日本ということをちらりと書いたが、NECのバレーも守備が完璧だから成り立っているバレーである。国内レベルの攻撃に対しては完璧に守れても、欧米の強力なスパイクやサーブに対し高いレベルの守備ができるかといえば、今大会を見る限り難しいと言わざるを得ない。また、サーブレシーブに関しては、竹下が低すぎるために、サーブレシーブが長くならないように意識しすぎてことごとく短くなり、悪循環に陥ったという見方もある。あれだけセッターが小さいと、サーブレシーブが少しでも長くなるとボールにさわれず、相手コートに返りチャンスボールになってしまう。
結果として、板橋の時と比較してもセッターのところにさらに大穴が開いただけになった。しかしここで指摘した2点とも、素人でも十分に推測できることである。監督がこのあたりのリスクを正しく評価できなかったことに根本的な問題がある。
小型セッターのデメリットはもう一つある。センターとの高さの差が大きすぎると、クイックのトスを上げようとしても、センターの高さに到達するまでで時間がかかってしまうし、そもそもトスを合わせること自体難しくなる。ブロードのトスにしても山なりになって、スピードが落ちてしまう。葛和全日本のセンターがほとんどブロード攻撃しかなく、そのブロードにしても中韓に比べ遅いのは、半分はセンターの責任ではなく、セッターが小さすぎることに原因がある。
26名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:35 ID:???
しかし、もとをただせば、大型で世界に通用するセッターがいないことに根本的な問題がある。そもそも、84年のロス五輪で、すでに162cmのセッター小川の上から打たれまくるという問題が指摘されていたという。当時は、194cmのハイマンを例外とすれば、世界のエースは180cm台前半が主だった。今や欧州で190以上のエースはそれほど珍しくなく、身長で10cm近く高くなっている。それにもかかわらず、中西163、竹下159と、逆に小型化。冗談にもならない。同じアジアのチームでも、韓国のカン・ヘミは173cm、中国の何キに至っては178cmの大型セッターで、最高到達点は両者とも3メートルに達する。竹下に比べると、身長で15〜20cm、到達点では30cmも違う。日本では、バレーを始める段階で、セッターになるのは極めて小さい選手に限られ、170以上の選手はほとんどアタッカーとして育てられるのではないだろうか。小型のセッターしかいない背景には、このような事情があるのだろう。

攻撃面では、センター線の再建が至急の課題である。呉咏梅と陳静という中国のセンター線はいずれも高くスピードもあり、しかも二段トスでも打ちきれるパワーもある。韓国にもセンターにチャン・ソヨンという最後の柱がいて、高くてしかも恐ろしく速いブロードを放つ。パク・スジョンは切れ味は落ちた感もあるが、守備の穴をつくとかタッチアウトをとるなど、韓国らしい嫌らしい攻撃は徹底している。
この両チームに比べて、日本のセンター線はあまりにも見劣りする。ほとんどがブロードばかりで、高さ(最高到達点で)も中韓に比べ10cm近く低い。呉咏梅やチャン・ソヨンのようなスピードもない。力強さにも欠けており、二段トスを打つことはできない。
韓国にしても中国にしても、大砲と呼べる選手はいない。あえて言えば、中国の殷茵のみ、それもスタメンに定着したのは後半4試合である。中国に至っては、レフトの決定率は日本とほとんど差がない。それでも五輪出場は決めている。日本と中韓とは、同じアジアのチームにもかかわらず、攻撃面でのチーム事情があまりにも違う。中韓の場合、絶対とらなければならないところでは、センター線に持っていける。しかし日本は、エースのオープン攻撃に頼るしかない。
27名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:36 ID:???
全日本の大砲として期待された選手は何人もいた。しかしその中で、若いうちに使い果たされてけがで引退を余儀なくされた選手もいる。全日本に召集されても使いこなすことができなかった選手もいる。現在の日本国内にも、高さあるいは破壊力で上回るエースはいる。もっと高さのあるセンターもいる。問題は、そのような選手を生かすチームができないことにある。もっといえば、葛和全日本には、それを完成させようという姿勢もうかがえなかった。
今大会でも前年ワールドカップでも、アルゼンチンチームは、大エースのコスタグランデをサーブレシーブ陣形の真ん中に入れている。だからアルゼンチンを攻略するのは簡単だ。サーブでコスタグランデを執拗に狙っていけば、最悪粘り合いになっても、コスタグランデがくたばる。結果だけほしければ、コスタグランデにサーブレシーブなどさせないほうが強いはずだ。(もちろん、代わりにサーブレシーブができる選手がいればの話だが)それでもあえてやらせているのは、攻撃だけでなく守備もできる選手に育てるために決まっている。そういうエースがいなければ、この先世界に通用しないと、わかっているのだろう。結果を捨てても、この2大会、アルゼンチンはコスタグランデの育成にかけたのだ。
これと同じことが、果たして日本にできるか。ある意味、これは日本ホームでは難しいことだ。ホームの試合では、どうしても勝ちにいかなければならないからだ。

男子バレーでは、今や守備の観点でも大型化が必然となっている。ブロックにおいては、ワンタッチをとってつなぐことに主眼をおいたリードブロックが主流になりつつある。しかし、リードブロックはトスを見て跳ぶため、どうしても遅れ気味になる。その際に高さがあったほうが断然有利である。さらに、レシーブでも、大きい選手のほうが守備範囲が広いし、大型でどっしりした選手なら体に当たっただけでボールが返る。(男子バレーの議論では、日本人では全盛時の荻野がリベロとして理想的という。ただし残念ながら度重なる故障でかなり守備範囲が狭まっているという。)
28名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:38 ID:???
月刊バレーボール2000年8月号、廃部になったユニチカの歴史を取り上げた記事の中で、また興味深い記事があった。ユニチカ(当時日紡貝塚)と言えば、回転レシーブに代表される守り、「鬼の大松」と呼ばれるスパルタ練習などが有名である。もちろんそれは重要な事実だが、大松監督が、大型の河西をいち早くセッターの役割のポジション(9人制の前衛センター)にコンバートしたことは、実に興味深い。当時の日紡はずば抜けた大型チームだったという。その高さを生かし、さらに6人制に移行し世界と戦うことを見据えての用兵だった。河西は、現在でも、カン・ヘミあるいは何キとほぼ並ぶ高さである。ミュンヘン五輪で優勝した日本男子チームが、当時平均身長でももっとも高いチームだったことも、よく知られている。当時は、男子で平均190のチームを作ると言ったら馬鹿にされた、という時代である。振り返れば、小型チームで拾ってつないで世界に対抗できた歴史など、はじめからなかったのだ。
自分は女子バレーの歴史を語るに適任だとは思わないが、あえて述べるとすると、70年代まで、女子バレーに本格的に取り組んでいたのは、日本、旧ソ連、韓国、およびプラスαとして共産圏の東欧諸国くらいだった。80年前後に、キューバ、中国、アメリカ、ペルーが台頭する。旧共産圏以外の欧州で本格的に強化が進んだのは90年代に入ってからである。

女子バレーは、ようやく競技としてのスタート地点にさしかかったのかもしれない。その今、根本的な手を打たなければ、世界から取り残されることは確実である。

はっきり言えば、日本のバレーボールは、他の競技に比べても、そして他の国に比べても、環境条件は恵まれている部類のはずだ。この期に及んで金を出してくれる企業もあれば、金を払って見に来る観客もいる。例えばクロアチアなど、バレーを続けたくても経済的な理由で断念しなければならない選手が多いという。それを生かせる間に何とかしないと、致命的な事態になりかねない。これまでにも「予感」のようなものは何度も感じられたが、今回、これだけ誰の目にも明らかな形で現実が突きつけられたのだから、一刻の猶予も許されないはずだ。
日本の資源でも、できることはまだいくらでもあるはずだ。韓国は人種的にも日本と近縁で、人口は日本の4割。人口の話だけをすれば、クロアチアは日本の25分の1である。日本のバレー人口は800万人以上、急激に減っているといわれるが、それでもクロアチアの総人口の倍に近いのだ。
29名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:39 ID:???
しかし、ひょっとすると、葛和監督は我々が思っているよりはるかに頭がよかったのかもしれない。いろいろな事情で、自分の手持ちにできる駒は限られている。その中で、無理して大型にこだわっても、動きが鈍かったり守備ができなかったり、下手な使い方をすれば壊れる。その限られた持ち駒では五輪出場は極めて難しいことくらい、わかっていたのではないか。
葛和監督も当初は、若くて大型の素材を集め、スケールの大きなバレーを目指していたようだ。しかし、その当初に大砲と目されていた藤好がけがでリタイア、佐々木も全日本でかえってだめになった。98年世界選手権でも惨敗、99年もワールドグランプリまでは惨憺たる結果が続いた。
このあたりで、監督は方針転換を決意したような気がする。(日本国内では)大型の選手によるコンビバレーで、不可能に近い難題に真っ正面から立ち向かうことはやめたのではないか。小さくても素早くて上手い選手を集める。小さい選手ばかりでも、世界の大女・化け物相手に、ひたすら拾ってつないで打ち返す。あえて大砲を捨て、竹槍とピストルで、世界の壁に挑み大陸間弾道弾に対抗する。とてつもなく手強い魔界軍団相手に、いくらやられても立ち向かう可憐な女戦士(某掲示板の表現を引用)といった雰囲気だ。そして、国際親善試合の後に、選手が泣き出すほどえんえんと猛練習をやる。監督は意図的にこの構図を描こうとしたのではないか。バレーとしては時代錯誤でも、劇画としては悪くない。試合に勝てなくても、これなら客は集まる。速い攻撃と堅い守備で、五輪出場を果たせれば御の字だ。しかも、この方向に一気に舵を切った99年ワールドカップは、ワールドグランプリまでとはうって変わっての好成績。方針転換は決定的になった。

しかしそこには、どのような全日本を作りたいのか、という長期的な展望はなかった。とにかく予選突破できればいい、というチーム作りに過ぎなかった。今回予選の内容自体は、言われているほど五輪出場に遠かったとは思わない。しかし、かりにこのチームで五輪出場できていたとしても、この先には何もつながらない。そして五輪不出場となったことで、果てのない漂流はすでに始まっている。五輪予選の後に行われたワールドグランプリは11連敗。この間にとったセットも4セットにすぎない。今大会中国戦から起算して、実に19連敗という悲惨きわまりない形で葛和全日本は終わった。
30名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:58 ID:???
ここまで述べてきた、勝てるチームを作るという観点とは別の意味で全日本に望むことがある。「応援してもらえるチームになれよ!」というのは葛和監督の名言だが、見る側が応援したくなるチームになってほしい。
今回五輪出場を争ったチームはそれぞれ個性のあるチームだ。その個性はもちろん選手個人のこともあり、チームとしての個性のこともある。
韓国は世界一速いコンビバレー、そして世界一粘り強く拾うチーム。ネット際のうまさも世界一。
中国も速いし守備も粘り強い、そしてセンター線は世界一だと思う。日本戦以降の3連勝は、腐っても鯛、という印象を強くした。
イタリアを短く言うのは難しいが、欧州勢の高さもありながら、多彩な攻撃、時にはコンビも使い、さらにはアジアのチームに近い守備の安定感もある。
オランダも、強いときはものすごいバレーをするチーム。これまでオランダにこれといった印象はなかったけれども、中国に勝ったときは本当に驚いた。バックアタックとセンター線を絡めた、スケールの大きなコンビバレーだ。
クロアチアにはもちろん、世界最強の大砲バーバラ、これも世界に誇る高性能機関銃のナターシャ・レトがいる。
31名無し@チャチャチャ:2001/05/21(月) 23:58 ID:???
このあたりのチームに比べて、日本のバレーは、絶望的につまらない。見る側を興奮させる要素がない。だから、応援する気も起こらない。(全日本を応援したくなくなるもう一つの大きな理由は、アイドルと、メディアの馬鹿騒ぎと、それに乗せられて「感動」している連中に、生理的嫌悪感を感じることである。あの日本戦の雰囲気を受け付けないのだ。)言い換えれば、これはほかのチームに負けない、というものが全日本には何一つ見あたらない。それはすなわち、どうやって世界と戦っていくのかという方向性が見えない、ということである。

そしてもう一つ、たとえ現在勝てなくても、将来に希望の持てるチームであってほしい。これは98年世界選手権の記事でも書いたことだし、99年のワールドカップでもやはりそうだったのだが、この先現在よりも強くなるという予感は全くしなかった。そして今大会ももちろんである。