◇◆◇◆◇ 徹底検証! 顕正会 その4 ◆◇◆◇◆

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401男子部
”んなぁこたぁどうでもいい!”と思われている多くの方にはご迷惑おかけします。

『「此の戒法立ちて後・延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に」について』bP
日蓮大聖人が三大秘法禀承事に仰せられたのは三大秘法の建立あった後には「延暦寺の益はあるまじき」と仰せられているのであって、すなわち三大秘法総在の「本門戒壇の大御本尊」の御事に対比して「延暦寺」云々と仰せられていると思われます。
則ち、指摘されている「此の戒法」とは「三大秘法建立の後は」との主語になると思われ、直前に仰せられている戒壇を主語にせぬ方が自然かと思われます。
なぜならば次文には「叡山に座主始まって第三・第四の慈覚・智証・存の外に本師伝教・義真に背きて理同事勝の狂言を本として我が山の戒法をあなづり」として三大秘法総在の「戒壇の大御本尊」を以て「戒法」とせられており、それに対しての叡山の慈覚・智証云々との意と思われるからです。
要約すると”事の一念三千の法体たる三大秘法総在の戒壇の大御本尊既に在す上は理の一念三千は既に益なし”と、つまり「理」に対比せられて「事」とされている大事な義と思われます。
もし「此の戒法立ちて後」の「此の戒法」という主語を「戒壇」の意で捉えれば、「戒壇とは(中略)最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つべきのみ」の「時を待つべきのみ」との御文の意が不明となるかと思われますので「此の戒法」とは三大秘法の法体を指して意とすべきだと思います。
402男子部:2001/07/17(火) 11:03
bQ
元顕正会員さんは、顕正会の主張する戒壇における「事」が現在ないのであれば、五大秘法になってしまうとの意から、「事の戒壇」が立っていない以上は未だに延暦寺の戒壇に益があるのか?との問いだと思われますが、顕正会では戒壇における「事」と「義」のうちの「事」を「事相の戒壇」とも「御遺命の戒壇」とも言うのであって、三大秘法開合の六大秘法が欠如しているとは捉えておりません。「戒壇の大御本尊」が三大秘法梵承事に仰せられている戒壇建立の条件が成り立ってこそ、事実上の「事」となると拝しているのであると思われます。
三大秘法開合の相を如実に示して下さった日寛上人御自らの文を示したのはその意です。
これが古来からの宗門の「事」「義」の捉え方であり、日寛上人の御文を拝せば「直ちに事の戒壇これ無しと雖も」として「事」を含む義の戒壇と仰せられていますので、五大秘法になって欠落してしまうとは考えていないのです。
事の意味を含んでいる御戒壇様であるから、御本尊在す所を「事の戒壇」と称しては「御遺命の戒壇」の意味が曖昧になってしまう、故に敢えて「事」と「義」の立て分けを宗門は古来から分別する為に用いてきたものと思っております。
403男子部:2001/07/17(火) 11:04
bR
故に重複ですが古来からの宗門の捉え方として以下の文証を示したのです。
日寛上人(寿量品談義)
「未だ時至らざる故に、直ちに事の戒壇これ無しと雖も、すでに本門戒壇の御本尊在す上は、其の住処は即ち戒壇なり」
日ぽう(王奉)(たまへんにたてまつる 表示出来ず)上人(御宝蔵説法)
「未だ時至らざれば、直ちに事の戒壇なけれども、此の戒壇の御本尊ましますことなれば、此の処即ち本門戒壇の霊場にして、真の霊山・事の寂光土と云うものなり」
日亨上人(正宗綱要)
「この戒壇について、事相にあらわるる戒壇堂と、義理の上で戒壇とも思えるの二つがある。事相の堂は将来一天広布の時に勅命で富士山下に建ち、上は皇帝より下は万民にいたるまで受戒すべき所であるが、それまでは本山の戒壇本尊安置の宝蔵がまずその義に当たるのである。末寺の道場も信徒の仏間も、軽くは各々その義をもっていると云える」

ちなみに私は学会に在籍した事はありません。