ミ´Д`ミ ボブ・ディラン 大先生 ミ´Д`ミ

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129Shellfield
Jonesさんの意見に激しく同意ですわ。
一言付け加えると、あの頃(67年から73年頃)、日本でフォークの
メッセージ性がどうのと言ってた連中が、Dylanそのものの演奏を聴いていたとは
思えません。その前のフォーク・ファン(PP&Mやブラ・フォーを聴いて演奏していた人)も
Dylanを聴いていません。
吉田拓郎が売り出しの頃、Dylan、Dylanと騒いでいましたが、
その拓郎のファンがDylanをマジに聴いたわけではありません。
78年の来日の頃の事は、前スレに書きました。
86年の来日の時はTom Pettyの方が多かった。
130Shellfield:2001/05/26(土) 16:34
ちなみにね、日本で最初にDylanのアルバムが発売されたのは1965年12月。
「The Freewheelin'」と「Bringing it All Back Home」の曲が半分ずつに
「Like a Rolling Stone」がプラスされたものでした。
これがね、何とまあ「カレッジ・フォーク・シリーズ」の名のもとに
発売されたのだからお笑いだよね。
それと解説で中村とうよう氏がDylanはダイランではなくディランと呼ぶのだよ
なんて事を書いているのも笑える。
何でこんな事を書いたかというと、それまでは例えばPP&Mのレコードの
作曲者名のところにDylanと書いてあっただけで、誰もその演奏は聴いていなかったという事。
そしてその最初のレコードからして「Like a Rolling Stone」等のフォーク・ロックも
同時に紹介されたのであって、アメリカ本国のようにプロテストからフォーク・ロックへの
移行と言う様な時系列のとらまえ方なんてされなかったのですよ。
所謂Dylanを反戦というような定義の仕方をしたような人は、
このレコードを聴いていなかったのだと思います。
もし聴いていたら、B面の「The Freewheelin'」の方じゃあなく、A面のフォーク・ロックの
方にシビレまくったはずだからね。
結局そんな人たちは、高石友也などの関西フォークの人たちの歌う
Dylanの曲を聴いただけで勝手にイメージを作り上げてしまっただけなんですよ。

最後に、もうええ加減にDylanをフォークの神様と呼ぶのをやめませんか??
そんなん言うのはこの国の、しかもDylanをまともに聴いた事がないような
人だけでッせ。 Dylanは「先生」・・・これで決まりダス!!