わたしをえらばないところしちゃうよ 名雪スレ#7.5
夏休みも終わりに差し掛かったある日の午後。
「名雪ー、いるか?」
なゆきのへやとプレートの下がった部屋のドアをノックしながら、俺は名雪に呼びかけ
る。
「ん? 祐一? 入っていいよー」
ドア越しに響く声。ドアを開くと、目に飛び込んできたのは薄手の白いワンピース一枚
の名雪の姿。
「どしたの? 祐一?」
にこにこしながら名雪が問い掛ける。
「夏休みの宿題を写しにきた」
「わ、ずるいよ」
「というのは冗談で、夏休みの宿題ノートを交換しにきた」
「それ、もっとダメだよ…。宿題は、ちゃんと自分でやらないと、ダメだよ?」
「わかった。でも一人じゃわかんない所があるんだ。一緒にやらないか?」
「…そういうことなら、大賛成だよ」
丸テーブルに教科書とノートを並べる。名雪はむにゅむにゅと出所不明な擬音を発しな
がら、黙々と宿題をやっている。
一方の俺は。ダメダメだった。
「くそー、何でこんなに難しいんだ?」
「祐一の学校のは、そんなに難しいの?」
ん? 名雪と俺の学校は同じになったんじゃなかったか?
「名雪、ちょっとやってみろよ」
そういって、俺は算数のノートを渡す。
「うん…」
すらすらと、名雪は三問解いた。
「私の学校と、あんまり変わらないけど?」
それを見た俺が嬉しそうに叫んだ。
「やった! 得したぞ」
「あ、ずるいよ…消しちゃう」
名雪は俺の手の横から消しゴムを伸ばした。
「ダメだ!」
名雪の手を遮る俺。
「祐一がずるいからだよ」
やがて、二人の動きが激しくなり、もみ合いになって……
「邪魔するなっ!」
――バシッ!
凍りついたような一瞬の静寂の後。名雪が声を上げて泣き出した。
…俺は手をあげていた。名雪に。
その泣き声が、耳について離れなかった……。
「……いち」
「……ゆういち」
はっと目が覚めた。ここは…
「祐一、寝ちゃダメだよ…」
名雪の部屋だった。そうだ、俺と名雪は宿題の途中で…
「うわ、名雪が大きくなってる!」
「…祐一、寝ぼけてるの?」
と、言われて気がついた。あれは昔の夢だったことに。
「ゆ、夢か…」
「祐一、大丈夫?」
やっと、自分を取り戻す。現実感が沸くと、同時に名雪に馬鹿にされてるような気が
した。
「いつも寝ぼけてる名雪に言われたくないぞ」
「わ、ひどいよ〜」
でもまぁ。
「…名雪、ごめんな」
「祐一?」
「俺、素直じゃないから、謝れないんだよ。それでいつも後悔する」
「何の話かな?」
「…覚えてないならそれでいいんだ」
傷つけてなかったと言えば嘘になる。でも、忘れてくれたなら…俺は幸せだ。
そう思うと愛しさが込み上げて、頭に疑問符が浮かんだままの名雪を無理やり引き
寄せた。
「ゆ、祐一…?」
一度は抗う素振りをみせた名雪も、俺の目が真剣なのを見て、大人しくなった。
そうなれば、もう言葉はいらなかった。
その愛しい唇に、自分のそれで触れるだけ。柔らかく震える唇は少しずつ開き、
その先を求める。交じり合う液体はまるで魅薬。舌は複雑に絡み、時に囀るように
つつき合う。
やがて、あらかじめの取り決めのように唇は離れる。唇の間に一瞬、透明な橋が
かかるが、それを俺は指で切った。そのまま、唇の下に垂れたそれを拭う。気恥ず
かしそうに、名雪もそれに倣う。親指が俺と名雪の唾液を拭った。そして、無意識
だろうが…ぺろっと、指を舐め上げた。その仕草が艶かし過ぎた。
「ゆ、祐一? 何か変だよ〜」
見とれていた。
「…は、恥ずかしいから、あ、あんまり見ないで」
俺の納まりかけた興奮にまた火がつく。
「な、名雪…」
ワンピースの裾に手をかける。
「わ、祐一…ダメだったら」
俺の手を名雪の手が押さえる。その手に力が篭っていて。
はっと気がつく。
俺は何度同じ過ちを犯せば気が済むんだ?
「どうしてもダメか?」
優しく聞いてみる。
「う、うん。晩まで、お預け…」
その返事を聞いた俺は、ゆっくりと名雪の前髪を掻きあげた。
そして、おでこに軽くキス。
「じゃあ、晩はたっぷり可愛がってやる」
「祐一、おやじ臭いよ〜」
その笑顔はあの頃とちっとも変わってなかった。