「ただいまー………ん?」
学校から帰ってきた名雪。
祐一はまだ帰って来ていないし、秋子さんは仕事です。
そんな家の奥から、ぐずぐずと泣き声が聞こえてきたのです。
(真琴……どうしたのかな……?)
とてとてと名雪が茶の間に急ぐと
粉々に砕けた花ビンの前で、真琴が鼻を啜り泣いていました。
「わ、真琴それどうしたの」
秋子さんがとっても大切にしていた花ビンの惨状に、ちょっと名雪もうろたえました。
「あ、あ……あうーーーーー!あうーーーーーーーーーーっ!!」
そんな名雪の反応を見た途端、真琴が泣き喚き始めたのです。
「わ、わ、真琴っ……どうしよう……」
大声で泣き喚く真琴を前に、名雪はおろおろするばかりです。
普段真琴を可愛がっている秋子さんも祐一も、今は家にいないのですから。
「あうーーーーーー!あうーーーーーーーーー!!!」
「あうーーーーー!あうーーーーーーーーー!!」
真琴が泣き止む気配は一向に見せません。
名雪はすっかりおろおろするばかりです。
と、そんな名雪の脳裏に、ある光景がよぎりました。
怪我を負ったのらねこさんの記憶です。
ねこさんは、それこそ今の真琴のように暴れて喚いていたのです。
けれどもそれは、ねこさんがまわりのみんなを拒絶していたからではありません。
ねこさんは、きっと不安で不安でどうしようもなかったのです。
だからこそ、ただ泣き喚くしかできなかったのです。
ぎゅ…っ…
気がつけば、真琴の身体を、真琴をぎゅっと抱きしめていたのです。
「だいじょうぶだよ、だいじょうぶだよ……」
「……あ……あう……」
ただそれだけを言って抱きしめる名雪。
いつしか真琴は泣き喚くのをやめていました。
みんな一緒。
不安なときは泣きたくなる。
だから。
そんなときはつつみこんであげる。
やさしく、そっと。
「あう……ほんとにだいじょうぶ?」
「だいじょうぶ。わたしにまかせて」
花ビンの破片を掃除しながら、名雪が真琴を励まします。
「だから、一緒にあやまろうよ。わたしも一緒にあやまるから」
「なゆき……」
優しく頭を撫ででくれる名雪の手。
何も言わず、真琴は名雪の制服を、きゅっとつかんではなしません。
でも、きっと。
……名雪、ありがと……
「……けろぴーといっしょだお〜」
部活から帰ってきて、ずっとこの調子だ。
何が気に入ってるのか、いつものかえるのぬいぐるみを抱きかかえ眠っている。
「うにゅ〜」
そんな名雪の手から、けろぴーが転がり落ちる。
おおかた寝ぼけて力が抜けたのだろう。
やれやれ。
苦笑混じりに俺は、けろぴーを拾い上げて、そっと名雪の手もとに……
「けろぴ〜」
「うわ……」
すっかり寝ぼけた名雪が、俺の首に手を回してきて。
「けろぴー、だいすきだお……」
その柔らかそうな唇が……
「うにゅ〜」
俺の口に届く前に、くてっと寝付いてしまう名雪。
その細い両の腕を、俺の首に回しながら。
「名雪、アイス買ってきたぞ」
「わ、ほんとっ?」
“アイス”の一言で名雪ががばっと起き上がる。現金な奴だ。
「それでだな。チョコレートとイチゴがあるん――」
「イチゴ」
キラキラした目で見つめてくる名雪。
名雪の目だからそう見えるかもしれないが
結構肉食動物の目かもしれないと思ったりもする。
「ほら」
「わ、ありがと祐一。いただきます」
手を合わせあむあむと次から次へと口に運んでいく。
相当暑さにうだっていたのもあるだろうが、それにしても……
「お前、本当にうまそうに食うよな」
「おいしいものはおいしくたべるのがいいんだよ」
ほっぺにアイスをつけたまま、ぱあぁっと名雪が笑いこける。
「ところで祐一はたべないの?」
「俺も食べるさ。おいしいものをおいしく、な」
おいしいものをおいしくいただく。
次の瞬間染まるだろう名雪のほっぺのアイスを一口、おいしく味わって。