葉鍵ロワイアル!#9

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ピリリリリリリ……
けたたましく鳴り響く電子音。
おそらくは、彼が聞く最後の電子音。
もはや端末をいじることもなくなった男が、その音に顔をあげる。
「そういえばもうすぐ放送ですな…」
気だるい口調の声が漏れる。
恐らく通話口の向こうの相手は、源之助か源三郎か…だが、今の彼にはどちらでもいいことだった。
カチャ…
備え付けられた受話器を軽く、そしてわずかに持ち上げる。
ガチャンッ……!!
そして、勢いよく叩きつけた。
鳴り響いていた電子音の余韻が頭の中でリフレインする。
「もはや、これまでかもしれないな…」
暗く、淀んだ感情をその顔に宿らせながら、もう一度モニターを見つめた。
マザーコンピューターへと続く最後の通路には常時モニターがついている。
そこに、三人の影。…余計な動物が見えた気がしたが、あまり気にしなかった。
「さて…と」
玩具のような銀色の銃と、リボルバー拳銃、そして一枚のCDを懐に、部屋の扉をくぐる。
切り札のある場所で、詰問者を待つために。
その誰もいなくなった部屋に、電子音が響き渡ることはもうなかった。
ヒタヒタ――倉庫を出て、しばらく。一行は最下層の最深部へと進む。
既に、身を隠して進めるような通風口なんかない。
「…誰もいない」
「…だな」
御堂は、詠美の不安そうな呟きに素直に賛同してやる。彼女の言葉に皮肉の一つも無く頷くのは割と珍しい構図だった。
「一本道ね。…これで本当にこの先が施設内で最も重要な場所…ということが分かったわね」
見た目とは裏腹に、極めて理性的な赤毛の少女、繭がそう切り出した。
「そうだな。…何故そう思ったんだぁ?」
御堂も繭と同意見だった。ただ、その結論に行き着くまでの思考は違うかもしれない。
先の見取り図を覚えていれば、そこがマザーコンピューター室だということが確実に分かる。
構造を考えても、恐らくはそこが最重要の拠点だとは推測できる。
ただ、本当にその部屋が最重要かどうかは、行ってみなければ分からないことだからだ。
声を潜めながら、あえてその真意を聞いてみる。
「そうね……まず、一本道だからよ。
 ここに到るまでの道が広くないながらも比較的迷いやすいように造られていたのに、急に一本道になった理由。
 一本道である方がその拠点に行き着くのが簡単なのは当たり前ね。
 でも、裏を返せば、必ずその道を通らなきゃならないってこと。
 敵が侵入した時、その方が迎撃しやすいって所かしら?」
同じように、声を潜めて返す。
「ふん、…ガキのくせに頭が回るな」
その回転の早さは、今この施設内で別行動しているもう一組のグループのリーダー格、千鶴より上かもしれない。
「ふみゅ〜ん…よく分かんないけど…千鶴さん達もここを通ったってこと?」
一人だけ、声がでかかった。しかも、見取り図はもう覚えてないらしい。
「それはないわね。千鶴さん達のルートは別の道を…確かあっちの方から別の渡り廊下が伸びてて、そこから来るはずよ。
 当然向こうも途中から一本道になってたわね。目的地で道が合流することになると思うわ。
 仮に千鶴さん達が道に迷って、ここを通ることになったとしても、まだ辿り着かないわね。
 方角、距離、私達の通ってきたルートから考えれば、私達より早くここを通ることはありえない。
 確実に私達の方が先に目的地に着くでしょうね」
「?……??……???」
「…まあ、それはこの先何事も起こらなければ…の話だけど」
若干溜息をつきながら、繭がそう締めくくった。

そして、繭の予想通り、何事もなく進めるはずはなく…
「ぴこっ…」
地面に近い位置にいる動物達と、そして御堂がほぼ同時に気づいた。
「いるな…この先に」
緩やかな曲線を描くその廊下の先を見据えた。
御堂の耳は、すでにその先に存在する人の気配を捉えている。
(ゴクリ…)
閉鎖された地下空間の中、詠美の生唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
御堂を先頭に、ゆっくりと歩みを進めた。

(武器は構えてろ…)
左にカーブを描くその壁に映る長き人の影。
それを肉眼で確認した御堂が、手で二人…いや、動物達を含めて5人(?)を制した。
薄暗い電灯が造りだした影。それは歪曲した壁で歪んではいたが、そのシルエットは確かにいつか見た影。
「はじめまして…とは二人には言えませんか…お久しぶり…ですね」
「長瀬…源五郎か…おめぇにはもう一度会いたかったぜぇ…」
お互いの姿が見えぬ内から、そう交わした。

「あなたには…やられましたよ。あなたは…たとえ結界内でも恐ろしい人物でしたね。
 でも、驚きですよ。あなたの通った道が…ね」
「……」
武器を手に、御堂が歩を進める。
ほぼ水平な角度で光が照らされているのだろう。壁に映る源五郎の影は長く長く、終わりが見えなかった。
「御堂、あなたは並みいる参加者をその手で殺し…蹂躙し、そして生き残る男だと思ってましたよ。
 あなたの経歴と、性格を見る限りではね」
「…そりゃ光栄だな。俺様がやられるとは思わなかったのかい?」
「さあ。どんな人間にもイレギュラーは付き物だからね。死ぬときは死ぬ。あなたとて例外ではない。
 最後に生き残るのは誰か…なんて誰にも分からないことですよ」
「初めて会ったときから…正直意外だったんですよ。あなたが一番こちら側に近い人間だと思ってました」
「……」
「前にも聞きましたが…もう一度答えてくれませんか?
 …あなたは躊躇なく人を殺せたはず。殺人という行為自体を楽しむことができた。
 一人生き残る自信すらあったんじゃないですか?
 今のあなた…やっぱりらしくないんじゃないですか?」
通路の奥から、源五郎の声。もはや、ここまで来たらこちらの行動は筒抜けらしい。
「ふん…」
一度、今の会話を聞いていた詠美と繭の表情を目の端で確認する。

――軍部はあなたを必要としなかった…でも今はあなたを必要としてくれる人がいるじゃない――

いつか聞いた台詞が頭をよぎる。
「源五郎さんよぉ…おめぇ、勘違いしてねぇか?軍人として軍部に従っていた俺が言うのもなんだがよ…」
一度、言葉をとぎる。――その間、源五郎からのレスポンスはなかった。
「俺は、指図されるのが一番嫌ぇなんだよ。
 自分の好きなことだけ考えて、自分の好きなように行動して、自分の好きなように生きる。
 ――それが俺だ」
「踊らされるのは嫌というわけですか」
「ふん、踊ってるのはおめぇじゃねぇのか?」
「……」

源五郎との距離が徐々に縮まっていく。
通路の向こうに、よれた白衣が見え隠れする。
(おめぇらはここにいろ…俺は源五郎とちょっくらやってみてぇ…邪魔にならないようここにいな…)
詠美達を再度手で制しながら、立ち止まる。
興味を持った相手とは一人でやってみたい。千鶴にも止められはしたが、御堂の悪い癖だった。
結局、その衝動は押さえきれなかった。
「御堂、あなたは…いや、お前は今は何の為に動いている?」
最後の問い。
「とりあえずは、だな、気にくわねぇ奴をぶっ倒すってところか?」
「シンプルでいいな、御堂…」
通路の向こう、長瀬源五郎の苦々しく笑う表情が見えた。
「今度は物騒な護衛がいねぇんだな…死ににきたのか?」
カチリ…
デザートイーグルを源五郎の左胸へと向ける。
御堂にとっては絶対にはずさない距離。
「戦闘型HMの片割れはもう破壊されましたよ。坂神をはじめとする参加者達にね。
 こんなことならこの施設すべての通路に機関銃でも設置しておくべきだった。
 まあ、後の祭り…だけどね」
「本当におめぇ、坂神と互角に戦ったっていうあの男の息子か?いやに弱っちぃじゃねぇか…」
期待はずれの答えに、御堂が顔をしかめる。
「そりゃあねぇ…肉弾戦なんてできませんよ。科学の虫でしたから」
軽く首を竦める。その仕草がひどく小さく見えた。
「このゲーム、最初からお前に手出ししなければ良かったよ。
 HMを差し向けたときから、こうなる運命だったのかもしれない。
 だけどね…もう私も後には引けないんだよ。後が、ないからね」
スッ…と源五郎の手が白衣の懐にのばされた。
同時に、御堂も動く。
「前にも言ったよな?おめぇを殺るのに躊躇はしねぇってな」

ドンドンドン!!

御堂の銃が三度、火を吹いた。
源五郎が懐から手を出す間もなく、心臓を正確に貫いた――はずだった。

ピッ――

衝撃で体をくの字に折らせながらも、源五郎から赤い光が飛んだ。