64 :
記憶:
応接室のドアが開くと同時に、部屋で待っていた4人の客人は顔を上げた。
一人は高橋。残りの3人も、下川のよく知った人物だった。
みゃくさ、松岡、そして、中上。
「中上……、お前いつ、高橋の側に付いた?」
下川はぎろりと中上を睨みつけた。
「違う! 俺は……」
中上が慌てて否定する。
「俺もよくわからないんだけどね、どうも彼は誰かに操られていたらしい」
そう続けたのは、高橋だった。
「数日前、俺達はヴィジュアルアーツ本社の前で張ってたんだ。中尾君を捜すために。
そしたら彼が現れたんだよ。ふらふらと、夢遊病者みたいにね。
様子がおかしいんで声をかけてみたら、いきなり襲いかかってきたんだ。
しょうがないから当て身をあびせて……」
高橋は、自分の首筋をトン、と叩くようなジェスチャーをした。
「気絶させて、俺達の車に運び込んだというわけ」
「俺にはその時の記憶が無いんですよ。会社を早退したところまでは覚えてるんだけど」
中上は、まだ少し腫れている首筋を押さえながら言った。
「で、これがその時、中上が持ってた武器だ」
高橋は机の上に、拳銃と小瓶を置いた。
「調べてみたんだけど、こっちの銃はトカレフ、小瓶の中身は、LSDだった。
……なあ下川、心当たりはないか?」
「俺を疑っているのか?」
「いや違う、そういうわけじゃない……」
「知らんよ。だいたい、中上を失って損するのはうちの会社だ」
それは確かにそうだろう。中上は今となっては貴重な古参幹部だ。
彼の手がけた曲に対するファンも多い。
「ところで、そっちの2人は」
下川は、中上の隣に座っている2人――みゃくさと松岡に視線を移した。
65 :
記憶:2001/05/24(木) 21:25
「昨日、みんなで話し合ったんだけどね……。
みゃくさと松岡の2人、また、リーフに戻してやってくれないかな。
2人は俺達と行動を共にしてたけど、それは成り行き上での事だし。
彼らの実力はお前だってよく知ってるだろ。これからのリーフには必要な人材だと思うけど」
「……敵に塩を贈る、というのか、高橋よ」
下川のドスの利いた声は、その場の雰囲気を緊張させた。
「ふざけるな。安っぽい同情などいらん。
俺は貴様のような裏切り者に助けてもらおうとは思わん」
「……なあ、下川」
高橋の口調は、対峙している相手とは対照的に、穏やかだった。
「確かに俺はお前を裏切ったかもしれない。でもな、お前を敵だと思ったことは無いよ。
俺達が新作を発表しないのは、何故だと思う? Leafと対決したくないからだよ。
他の退職した奴らも、きっと同じだと思う。……みんな、忘れていないから」
高橋は過去を懐かしむように、目を細めて微笑んだ。
「Leafは、すべての始まりだって事を。忘れてないぜ、みんな。仲間だったことを。
ただ、素直になれないだけなんだ。……お前と同じさ」
「何だとっ……」
すべてを見透かしたような、高橋の言葉。
何か言い返さなければ。そう思った。
しかし下川の口は、凍りついたように動かない。
「……少し余計なことをしゃべりすぎたかな。そろそろ本題に入ろう」
長い沈黙を破ったのは、高橋だった。
「北海道で、水無月が気になることを言ってたんだ。ある企業の名とともに。
その時はたいして気にとめてなかったが」
高橋は、机の上に一枚のMOディスクを置いた。
「これを手に入れて確信したよ。
中尾をそそのかし、LeafやKeyを苦しめた奴らが、何者なのか」