Leaf&Key仮想戦記〜永遠の遁走曲篇〜

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359頂点 1
7月初旬某日、池袋。

Trrrrrr…
開発室に、電話が鳴り響く。

「はい、リーフ東京開発室……」
鷲見が電話をとる。
「俺や。鷲見か?」
「はい、鷲見です……社長、いかがしました? 御自ら電話とは珍しい」
「ああ……開発の方、どうなっとる?」
「え、ええ。順調ですが……まあ、もう少し時間をいただければ嬉しいですがね」
鷲見は、冗談めかして言う。
もちろん、これ以上時間が延びないことは承知しているし、それを前提で開発を進めているわけだが。
しかし、下川の返した返事は、予想外のものだった。
「じゃあ……2週延ばすわ」
「え、社長。ご冗談を」
「いや、延ばす」
下川の口調は本気そのものだった。
鷲見も、一度姿勢を正し、厳かな声で聞き返す。
「では……発売日も2週後に?」
「そや」
カレンダーに目をむける。
8月9日。
搬入日だな、とふと思ってしまうのは同人屋の悲しい性か。
「承知しました」
「そか……延ばしたんや、万全にせえよ」
鷲見は、ふと気がつく。
今日の下川の口調が、どことなく穏やかなことを。
これまでの折衝ではほとんど見せたことのないほどに−
「しかし社長、何故今になって?」
「そうやな……俺は、頂点を見ときたかったんや」
「頂点?」
「まあ、しっかり頼むで」
それだけ告げて、電話は切れた。
360頂点 2:2001/07/11(水) 23:08
「延期!?」
「ホント?」
「本当ですか?」
「Charmさん、冗談きついんだから」
電話の後、鷲見は東京開発室メンバーを集めて延期を伝える。
反応は、ほぼ予期した通り。
「社長は真剣だ。2週延期、間違いない」
「しかし、何故?」
「『頂点を見たい』のだそうだ」
「「?」」
開発室全員の頭の上に「?」マークがつく。
そんな中、鷲見が口を開く。
「まあ、あの男の考えも分からんではない」
全員、鷲見をほうを向く。
目が続きを催促している。
「8月9日、もともと何があるか知ってるよな」
「は〜い。コミケの前日〜!」
答えたのはみつみ。
「……典型的同人屋の答えですね」
「ふみゅ〜ん」
「まあ、俺も最初はそう考えましたから」
鷲見はそう言って笑う。
「もう一つある」
「……DC版AIR、発売日」
「あたり」
361頂点 3:2001/07/11(水) 23:09
「しかし、何故そんな日に発売日を?」
「そんな日だから、だ」
鷲見はそう言って続ける。
「ここにいる何人かは特に良く分かると思うのだが……人間ってのは、どんなジャンルにせよ頂点を極めてみたいと思っている」
みつみや甘露が特にうなづく。
「しかも、極めたなら極めたで、極めたというその証拠が欲しい。頂上にいることができる時間なんてごくわずか、後は滑り落ちるのみ−−」
「ということは、下川さんは……」
「その衰える時を知って、最後、まだ頂上からは落ちきらないうちに、頂点にいた思い出を残そうということだろうな。AIRに……いやKeyに勝つことでな」
それだけ言うと、鷲見は口をつぐむ。
誰ももう語らない。

長い沈黙の後、鷲見はまた口を開く。
「だがな。今のはあの男の思惑だ。俺たちには関係ない。この作品を最高の作品にすること−−それだけが俺たちの仕事だ。そうだろう?」
「「はい!」」
答える声は、リーフ東京開発室に力強く響いた。