Leaf&Key仮想戦記〜永遠の遁走曲篇〜

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338西と東と 1
時は少し遡る。
5月某日、新大阪。

「まったく……なんでこう何もかも上手くいかんのや…」
社長、下川直哉は今日も不機嫌だった。
「一体何があかんかったのか……」
何もかも駄目、という現実から目をそむけるように、下川は思索の海に潜ろうとする。

Trrrrrrr...
そんな下川の思考を遮るかのごとく、社長室に電話の音が鳴り響く。
億劫そうに、下川は電話機に手を伸ばす。

「はい。アクアプラスの下川ですが−−」
『社長。お久しぶりです』
「……鷲見か」
『はい。社長もお変わりなく……』
「前口上はいらん。どないしたんや?」
『ええ、DC版こみパの仕上がりは上々です。前作に比べ操作性はアップ、既存シナリオの強化は目ざましく、追加シナリオも必ずやファンを魅了する……』
「御託はええ。売れるんか?」
『必ず』
「そか……で、それ言うだけのために電話かけて来たわけやないやろ」
『ええ……DC版を売上抜群のゲームに仕上げる自信はありますが、時間がいかんせん……』
339西と東と 2:2001/07/10(火) 15:16
ぴくり。
顔を引きつらせる下川。
「……足らん言うんか?」
『足りません』
鷲見はきっぱりと言い切る。
「いっぺん延長してるやないか! これでも足らん言うんか!」
『開発には予期せぬ事項がつきもので……』
「それは前回も聞いたで」
『この作品を完成させるためには、まだ時間が必要なのです。どうかご理解を』
「だいたいなあ、わしは経営的観点から締切を設定して……」
『分かります分かります』
「だーっ! あの忌々しい東大野郎の真似してんやない!」
『似てると思ったんですがね』
「そういう問題やないやろ! で、今の締切ででけへんのか?」
『クオリティを上げるには仕方ありません。PCと違ってバグは出せませんから、デバッグ期間を十分に取るとなるとどうしても……』
「しかし、発売再延期ちゅうことになったらどれぐらい損するか分かってるやろ。なんとかならへんのか?」
『社長、目先の損失にとらわれていては駄目です。我らがリーフ、王者たるリーフにふさわしい作品にするためです。一時の損失など、大作の前では大したことはないのです』
「軽軽しく言うけどなあ……」
『作品以外のことを心配せず開発にあたれる環境。我々がリーフに参加したのはそのためでしたが……まさか作品より目先の利を取るとでも?』
長い沈黙。
「……発売日、7月26日な」
『ありがとうございます』
「それ以上は1日もまからへんからな! 雑誌や販促の描き下ろしも今以上に頼むで!」
『了解しております』
340西と東と 3:2001/07/10(火) 15:17
苦々しい。
大阪のラインは壊滅している。今はこいつらに頼るしかない。それゆえ、譲歩せなばならない。
その窮状が、下川には苦々しかった。王者たるリーフが、今や外様にすら頭を下げねばならないとは。
つい、悪態が口をついて出る。
「……プライドあったら、コミケには出られんよなあ……」
言って、はっと気付く。
彼らにとって、これは禁句だったことを。
『……社長。今の言葉、ウチの女王さまが聞いたらなんて言いますかねえ……』
鷲見は、静かな口調で喋る。
内面の苛立ちを押し隠すように。
「……」
『今の言葉は忘れることにしましょう』
「そうか…」
ほっ、と胸をなでおろす下川。
『ただ、あの人も必死だってことは知っておいてください。証拠に……次のコミケは、出ませんので』
「……分かった」
下川は何とも居心地の悪さを感じ、がちゃん、と電話を下ろす。
341西と東と 4(西):2001/07/10(火) 15:17
「はあ、延期か……雑誌社への告知、ショップへの告知、流通との打ち合わせ、運転資金の金策……気い滅入るのお……」
下川はふと、窓の外を見る。
視線は遠く、伊丹の方へ。
「……あのころは、ゲームのことばかり考えておったらよかったのに。いつから、こんな風になってしまったんやろな……」
呟く声は小さく、弱く。
342西と東と 4(東):2001/07/10(火) 15:18
同じころ、池袋。
「ふう、やれやれ……」
「あ、Charmさん折衝おつかれさんです」
電話を終えた鷲見に、甘露が声をかける。
「ああ」
「上手く行きました?」
「そりゃあな。あいつらには俺たち以外に切り札が無いからな。こっちは駄目なら独立するも良し、東天満かどっかに買ってもらうも良し」
「違いないですね」
「『外野』には口を出させんよ……こみパは『俺たち』の作品だからな」
そう言って、鷲見はニヤリと笑う。

「ふみゅ〜ん。またバグ〜〜〜。ちょ〜むかつく〜」
遠くから、テストプレイ中のみつみの声。
「そろそろ、戻りますか」
「ええ」
向かい合って、微笑する鷲見と甘露。
「俺たちのクイーンと作品のために!」