812 :
深紅:
つたわる衝撃に、彼女は目を見開いた。
左のむねに、もうひとつ穴があくのがわかる。
またわたしにひどいことするやつがいる。わたしにわたしにわたしにわたしに。
あ、血が出てる。ひどい。なにもしてないのに。
腕もとれてるのにもっといたいことした。ほんとにいたい。ひどい。
…………あんたなんかきらい。
『大っきらい』
唇が、うごいた。
もう、動けるはずのない、とうに死んでいるはずの女。
その物体が動いたのを運悪く見咎めてしまった中上が、ひっと情けない悲鳴をあげる。
女は無表情な目。その色からなにも察せない、からっぽのめ。
うつるのはただ物体としての、標的としての、
『わたしにいたいことしたのはだれ?』
813 :
深紅:2001/04/03(火) 21:12
何か声がきこえるけど、どうでもいい。
もくてきなんてしらない。わたしにはどうだっていい。
ゆらりと、陽炎のように立ち上がった彼女は。
まず自分を傷つけた男の腕の肉を噛み千切った。次に、その太い首筋を…
『がっ』
食いにかかったその時に、再度銃弾が叩き込まれる。
咄嗟の射撃のせいか、至近距離のわりに精度はよくない。
女の肩をかすめて地面に突き刺さるのみだ。
…あ。にげた。にげた。わるいのはあんたなのに。いたくしたのに。
わたしのしたぼくたちのくせにしたぼくのくせにくせにくせにせにににににに
下川は女を死に物狂いで引き剥がし、必死に逃走を図った。
トカレフの弾切れは近い。だが装填する暇さえない。
女はゆっくりと追いかけてくる。
速度自体は大したことはないが、女の視界には常に下川が捉えられている。
引き離していることは確実なのに、何なのだこの恐怖感は。
獲物。罰。狩。彼女にとって、今の行動の持つ意味は3つきり。
ただ3つきりなのだ。
『ひどいひどいひどいよねねえあんたあんまりだよね虐さつはんたいだよね
ぺんぎんさんぺんぎんさんぺんぎんさんぺんぎんさん、ひどいよね…』
…ひとり残された中上は。
樹にだらしなくもたれかかり、譫言を呟くことしかできなかった。
精神崩壊の一歩手前といったところだろうか。
その手には、彼女が落としていったペンギンのキーホルダーが収まっている……。