305 :
訳:
「はぁ、はぁ、はぁ………」
彼、戸越まごめは疲労していた。
毎夜の鍵っ子との攻防で鍛えた精神力は常人以上とは言え、
まごめが偶然見てしまったCharm、甘露の死に様はあまりに無惨だった。
廃屋の影で体を落ち着けるも、心は全く休まらない。
――みつみに気をつけろ。
まごめは、皆にそれを伝えなければいけなかった。
やる気になった奴が居る。それはイコール、逃げ出すための最大の障害だ。
1人でも仲間を救いたい、まごめはそう願ってチームの人間を捜していた。
だが。
「………!!!」
声なき悲鳴。まごめは必死で動揺を殺し、ゆっくりとそれを凝視する。
彼が見つけたものは、血まみれで息絶えている中尾だった。
レーダーを片手に、遺体の損傷に似合わぬ安らかな死に顔で横たわる男。
「誰だ…誰がやったんだ…」
恐ろしかった。ただ恐ろしかった。間違いなくことは始まっていた。
まごめは支給された小型のピストルを握る力を強め、ゆっくりと死体に近づく。
すまないが、そのレーダーをもらうよ。と、申し訳なさそうに呟いて。
硬直を始めたその指を、一本一本引き剥がす。
そうしてまごめがレーダーを手中に収めた、その刹那。
「う、うわっ!」
続けざまに、ぱぁん、と木の枝が爆ぜた。
そして遅れて放たれた一発は、中尾の死体に当たって弾ける。
とっさに元居た廃屋の陰に隠れ、まごめは汗で滑る銃を持ち直した。
「まごめぇ! 貴様、本性見せよったな! 出てこいや! 早う!」
その大声は。狂ったように弾を吐き続ける銃の持ち主は。
間違いなく確認した、その顔は――
自分の勤め先の。社長だった。
(続)
306 :
訳:2001/03/23(金) 00:36
闇夜の森に咲く銃弾の花火は、あまりに目立ちすぎる。
危険だった。みつみが、この音を聞きつけてやってこないとも限らない。
「落ち着いてください社長! 僕は、僕は何も……!」
「じゃあかしわ、ヒラが! ライバル社の社員殺して追い剥ぎか、あぁ!?」
「違います、彼はもう……」
今度は廃屋の壁目がけて撃ってくる。
馬場の銃は相当重く、破壊力があるようだった。明らかに分が悪い。
「お前らを今まで食わせてやったのは誰や!?
社員は素直に感謝して、ワシのためにとっととあの世に逝きゃあええんや!」
「………社長…!!」
彼はもう、壊れている。
極限状態で出た馬場の本音に、まごめは覚悟を決めた。
307 :
訳:2001/03/23(金) 00:36
か、と目を見開き、一瞬の精神集中を行う。
【DELETE】【DELETE】【DELETE】【DELETE】【DELETE】………
――まごめは数々の戦場をくぐり抜けてきていた。
バ鍵っ子四天王―――狗法使い、はにお、幻、巫らとも互角にやり合った。
辛く、激しく、孤独な戦いだった。
iモード掲示板を折戸に任せるも、なおも減らないアホの数。
身も心もボロボロになり、栄養ドリンクは毎日の友人になった。
『タイトルがネタバレだって何度言えば分かるんだゴルァ(゚д゚)!』
『マキシほしさに前日から徹夜……堂々と書くなゴルァ(゚д゚)!!』
『…頼む、頼むから公式で人殺しネタはやめれゴルァ(゚д゚)!!!』
本音を書けば即閉鎖。ていうかユーザーは神様なのでよってクビ。
『日頃は Key みんなの掲示板をご利用いただき、誠にありがとうございます。
あえて細かくは触れませんが、あまりこの掲示板ではふさわしくないような話題が
最近多く見られます。基本的にこの掲示板は話題はフリーなのですが、
Key Official Homepage の掲示板であるということを踏まえ、ユーザー間で
楽しい交流ができるような話題・情報交換を行うよう心がけて下さい。
また、発言される際は、掲示板使用上の注意は必ずお読みくださいますよう、お願い申し上げます。』
泣きながら書いた管理人の建前の発言。
それも汲まず、一日何度も書き込むヴァカホゲども。
相次ぐリアル厨房の群れ。織り交ぜられる無自覚の失礼発言。
もうたくさんだ。もう、もう、もう………
「…僕は……僕はバ鍵ッ子のお守りのために入社したんじゃねぇぇぇ!!!!」
常人を超えた驚異的なタイミングで、まごめのピストルが火を噴いた。
うっ、という苦悶の呻きと共に、馬場が崩れ落ちる。ほぼ即死だった。
それを確認すると、ハイパーモードまごめは泣きながら廃屋を駆け去っていった。
みつみに見つかるわけには行かない。すぐこの場を離れねば。
(折戸さん。いたるさん。麻枝さん。みきぽんさん、しのり〜さん。
またみんなに会いたい。一緒にバカをやりたい。あの芸術的なボケにツッコミたい。
また、また、みんなで……)
駆けてゆくハイパーモードまごめの脳内では、
自らが作曲したfarewellsongが、ワンリピートで鳴り続けていた。