『できすぎ』 吉沢景介
講談社文庫
発行年月日:1985年7月15日
サイズ:148×105mm :324ページ
ISBN4-06-183555-6
アッシュ博士が新薬を発明した。その薬を飲むと、
どんな物質の中も自由に通りぬけることができるというのである。
博士は自信満々で、新薬の効果を「抜群」だと語った。
あとは、実用化に向けて派生的な問題の解決が急がれるのみである。
当局は、早速、厳重な警備体制をしいて博士の研究室を封鎖した。
いうまでもなく、新薬が敵の手に落ちることを恐れたのである。
日増しに強化されていく警備陣を睨みながら、ある日、
一人の助手がアッシュ博士に問いただした。
「先生、この薬はもはや完璧といっても構わないのではないでしょうか」
「そう、君の言う通り、新薬は完璧だ。これを飲めば、
たとえ鉄の壁の中でも自由に通りぬけることができる」
博士は、自信タップリに答えた。
「すると」助手は、建物を取り巻いている武装警官隊の方を
見やりながら、「……これを飲んだ人間は、
銃で撃たれたとしても死なないことになりますね」
「そうだよ。鉛の弾だって体を通過してしまうからな」
「それさえ確かめれば、お前に用はない」
博士はびっくりした。助手の態度が急に変わったのだ。
いつの間にやら、助手の手に拳銃が握られている。
「お前は……」
「フッフッフッフ……新薬の開発、御苦労だったな。
……どうだ、驚いたか。何を隠そう、俺はカマネリア国の
スパイだったのだ。新薬の製造法は、全て頭の中に収めさせて貰ったぜ。
あとは祖国の優秀な科学者が全て処理してくれるだろう。
これでお前の役目は終わりだ。覚悟しろ」
(続く)
スパイは、博士の心臓に狙いを付けた。
「待て! 待ってくれ」博士は震えた声で叫んだ。
「この厳重な警戒網をどうやって脱け出すつもりだ。
十メートルと逃げられやせんぞ」
「馬鹿言え! たった今、貴様が説明したじゃないか」
この時、スパイは、少しもためらわずに新薬を飲んだ。
「こいつが効果を出してくれば恐いもの無しさ。
俺の体はどんなものでも通りぬけてしまうんだ。
いかに有能な警官だって、俺様に指一本触れるわけにいくまい。
その指が俺様の体を通りぬけてしまうんだからな。
どうだ、俺の頭の良さに恐れ入ったか。ハッハッハッハ」
スパイの右手の人差し指がピクッと動いた。
「ちょっと待ってくれ」
拝むような姿勢でアッシュ博士が言った。
「何んだ、往生際が悪いぞ。言いたい事があるなら、
サッサと言ってみろ」
「実は、この薬には一つだけ欠点がある。
実用化に向けて研究を急いでいるのは、そのためなのだ」
博士は勇気をふりしぼって腹の底から声を出した。
@` できすぎ2@`sage@`2000/11/26(日) 18:55@` スパイは、博士の心臓に狙いを付けた。
「待て! 待ってくれ」博士は震えた声で叫んだ。
「この厳重な警戒網をどうやって脱け出すつもりだ。
十メートルと逃げられやせんぞ」
「馬鹿言え! たった今、貴様が説明したじゃないか」
この時、スパイは、少しもためらわずに新薬を飲んだ。
「こいつが効果を出してくれば恐いもの無しさ。
俺の体はどんなものでも通りぬけてしまうんだ。
いかに有能な警官だって、俺様に指一本触れるわけにいくまい。
その指が俺様の体を通りぬけてしまうんだからな。
どうだ、俺の頭の良さに恐れ入ったか。ハッハッハッハ」
スパイの右手の人差し指がピクッと動いた。
「ちょっと待ってくれ」
拝むような姿勢でアッシュ博士が言った。
「何んだ、往生際が悪いぞ。言いたい事があるなら、
サッサと言ってみろ」
「実は、この薬には一つだけ欠点がある。
実用化に向けて研究を急いでいるのは、そのためなのだ」
博士は勇気をふりしぼって腹の底から声を出した。
(続く)
しかし、スパイは少しも動じなかった。
「生命が惜しいからって、デマカセ言うな。
さっき、完璧だと言ったのは貴様だぞ。
いいか、完璧ってのは全然欠点の無いことを言うんだ」
「そっ、それなんだ。新薬の欠点は完璧ということなんだ」
「ハッハッハッハ。寝言はそれで終わりか。
大分苦しい弁解だったな。……成仏しろよ」
だが、引き金を引こうとした瞬間、スパイの手から拳銃がスリ脱け、
音をたてて床に落ちた。ようやく薬が効いてきたか。
アッシュ博士は思わず安堵の溜息をついた。もう大丈夫だ。
と、見る間にスパイの体が床の中に吸い込まれていく。
「ギャー」スパイは、高層ビルの屋上から落下していく人のように
長く尾をひく悲鳴をあげた。
床の上には、スパイの身に着けていたものが、
下着から靴まで、そっくり残された。
「馬鹿な奴め。私たちが常に重力に引っ張られていることを
忘れていたのか」アッシュ博士は新薬の入ったビンを摘んで言った。
「新薬の欠点は、これを飲むと、どんな物でも通りぬけてしまうことなんだ。
靴の底も、床も、それから地球も……」