「…よし。ポチき、今日はこの辺で作業終わりっ。続きはまた明日っ。」
そう一方的に言い放つなり、詠美は書きかけの原稿をエンベロープ付きの
封筒に、画材をバッグの中に片づけ始めました。和樹としてはせっかくノッて
きたところであっただけに、拍子抜けも甚だしい限りです。
「…オレ、もう少し書いてるよ。詠美は適当にくつろいでればいい。」
「ダメッ!あたしが今日は終わりって言ったら終わりなのっ!さっさと片づけ
なさいよね!ホントにどんくさいんだからっ!!」
チラリと時計を見た和樹は小さく溜息をもらしつつ、ダメモトで反論を試み
ましたが…詠美は不満そうに睨み付けてきて、問答無用とばかりに原稿を
取り上げてしまいます。
和樹の家で原稿を書くこと自体は、今となっては少しも珍いことではありま
せん。恋人どうしになったとはいえ、詠美のワガママじょていぶりも健在です。
ところが…あれだけ時間を忘れて原稿に取り組んでいた詠美が、最近は
やけに早く作業を切り上げるようになってきました。
先程和樹は時刻を確かめたのですが、ここ最近はめっきりと切り上げる
時間が早くなってきています。言い換えれば、原稿を書いている時間よりも
おしゃべりしている時間の方が長くなってきているのです。
「はいはい、片づけますよ…じゃあココアで一服するかねぇ、ココアでっ。」
「こ、ココアなんて、高校受験の中学生が飲むようなものじゃない…ココア
ならあたしはいらないっ。ホットチョコなら飲んであげてもいいけど…?」
「ふうん、あっそ。じゃあオレだけココア飲もうっと。ココア懐かしい〜。高校
受験以来じゃねえかなぁ?」
「うみゅ…そ、そうね。あたしもあんたののすたるじーにつきあったげるわっ。」
「はいはい。なにとぞお付き合いくださいませ。」
春到来とはいえ、まだまだ肌寒さは居座ったままであり…和樹が振る舞って
くれるココアもまだまだ需要が尽きません。それに対していちいち不満を
漏らす詠美も相変わらずです。
和樹特製の甘ぁいココアが用意されると、やおら詠美はコタツから立ち
上がりました。作業中はずっと和樹の正面に座っていたのですが、どこか
視線を逸らしながら彼に寄り添ってきます。
「…一応聞くけど、なんだよ?」
「…座椅子っ。」
「まぁ、わかってたことだけど…ほれ。」
「うんっ…!」
わざとらしく眉根にしわを寄せた和樹の質問に、詠美は単語で答えました。
和樹もその答えが予想できていたらしく、そっと自分の席のコタツ布団を
まくります。
たちまち嬉々として表情をゆるめた詠美は、和樹の脚の間にスルリと
滑り込み…まるでバイクの二人乗りのような体勢になりました。
そのまま詠美が和樹の胸に背中を預けると、和樹も背後のベッドに寄り
かかり…二人して安堵感を楽しみます。和樹が丁寧にコタツ布団をかけ
直して、しばし真正面のテレビを眺めます。
「なぁ詠美。お前、この頃はコレしてもらいたいから早めに切り上げてんじゃ
ねえだろーな?」
「だって気持ちいーんだもん…いいじゃない、減るもんじゃなし。ケチポチ〜。」
「ケチだとぉ?ケチならこんなことさせてやんねーよっ!」
「あっ…ふぅ…なかなか上手じゃない…。いい気持ちぃ…」
もみ、もみ、もみ、もみ…
和樹の追求をごまかすことなく、意外にも詠美は素直に認めました。その
代わり減らず口が無くなることはありません。恋人どうしになったとはいえ、
まだまだ甘え慣れていないようです。
そのはにかみすらも解きほぐすかのような…そんな優しい手つきで、和樹は
詠美の小さな肩を揉み始めました。一瞬驚いた詠美もすぐさま心地よさそうに
目を細め、うっとりと溜息を吐きます。
「ポチ…じゃなくって、和樹…あ、あのね?あたし…眠くなってきちゃったんだ
けど…こ、このままでもいい?」
「なにを今さら。ゆっくり休めよ。肩凝ってるぞ?」
「…いっ、いくらあたしが魅力的だからって、ヘンなことしちゃダメだからねっ?」
「ホッペにキスもダメか?」
「だめ…どうせするんなら、あたしが起きてからにしてよねっ…」
そう二言三言おしゃべりを交わしているうちに、詠美は肩もみで揺られながら
ゆったりとまどろみに落ちていきました。かわいらしい寝息を確かめてから、
和樹はそおっと肩もみを終えます。
「…詠美って、セーターの上からでも暖かい…なんだかオレまで眠くなって
きちまったな…ふぁ〜あ…」
和樹もそう独語してから、リモコンでテレビの電源をオフ。
ふんわりとしたぬくもりに包まれながら、二人は仲良くうたたねをしゃれこむ
のでした。