★エイエソに詠美ちゃんさまはフミューだぞ★

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342旦那さん、名無しです
ぴんぽーん…
「はいはーい…よう、詠美!こないだは悪かったな。」
「今日はちゃんといたわね、めんどーポチき!」
「さっそくその名前…まぁいいか、あがれよ。」
「言われなくてもあがるわよ、ここはあたしのべっそうだもんね!」
「勝手に別荘にすんじゃねーよ。」
 先日の書き置き通り、詠美は和樹の家に遊びに来ました。
 書き置きを見たようで、和樹もちゃんと部屋にいてくれました。それだけでも詠美は
ご機嫌で、ますます活き活きとしてきます。和樹の部屋に上がると決まって口にする
原稿の催促も、今日は口にしようとしません。
「寒かったろ。ほれ、紅茶。砂糖とかハチミツは適当に入れな。」
「え?今日は紅茶なの…?」
 無遠慮にベッドに腰掛けていた詠美の前に、和樹はすっかり彼女専用となったカップを
差し出しました。それを受け取りながらも、詠美はその香り立つ琥珀色をきょとんと
見つめて問いかけます。
「ああ、甘いものばっかだと、ちょっとアレだろ?」
「あ、そっか…って、だ、誰もまだあんたにチョコレートあげるって言ってないじゃないっ!!」
「え?オレはいつもホットチョコばっかだと、糖分の取りすぎで身体に悪い…ってつもりで
言ったんだけどなぁ?どういう意味かな?その反論は…?」
「ふ…ふみゅうん…」
「ま、いいけどね?とりあえずいつもの通り、打ち合わせから始めるか。」
 意地悪な微笑を浮かべた和樹に揚げ足を取られ、詠美はカップを両手で捧げ持ったまま、
真っ赤になってうつむいてしまいました。せっかく紅茶の香気がほこほこと顔を湿らせて
くるのに、堪能できるほどの余裕はたちまち無くなってしまいます。
343旦那さん、名無しです:2001/02/15(木) 09:06
 やがて二人はお茶をおかわりしつつ、いつものようにこみパの打ち合わせ。
そしてたわいもないおしゃべりとやり取り。楽しい時間はあっという間に
過ぎてゆきます。
「あ、忘れるとこだった!え、えっと…今日はポチきにごほーびをかし
したげるっ。」
 突然詠美は棒読みそのものの口調となり、誇らしげに胸を張りました。
 舞い上がったりしないよう、努めて意識の外に追いやっていたため…
詠美は本気で今日の目的を忘れてしまうところでした。右手がウエスト
ポーチに触れなければ、きっとこのまま家路に就いていたかもしれません。
「…ご褒美は貸すもんじゃねえだろ?」
「かし!かししたげるって言った!!いちいちむかつく〜!!」
「はいはい、下賜でございますか。有り難き幸せにございます、詠美ちゃんさま。」
「…なんかまだ気にくわないけど…はい、これ…」
 少し憮然として口許をとがらせながらも、詠美はポーチから小さな箱を
取り出し、ぶっきらぼうな手つきで和樹に差し出しました。
 それはきれいにラッピングされた、一目でそれとわかるプレゼント。
今日の詠美の目的。
「…開けていいか?」
「う、うん…」
 問いかけても、詠美は視線を合わそうとしませんが…それでも和樹は
からかったりすることなく、丁寧に包装を解いてゆきます。
 果たして中から現れたのは、珍しくもない既製品の板チョコ。
 手作りが欲しかったとわがままを言うつもりは、和樹にはありません。
コンビニかどこかで、一生懸命になって店員にバレンタイン包装をお願いする詠美の
姿を想像したら…それだけで普段よりずっと優しくなれるような気になってきます。
344旦那さん、名無しです:2001/02/15(木) 09:13
「バレンタインの…ってことで、いいんだよな?」
「うん…」
「へへへ、サンキュー。さっそく食っていいか?」
「うん…」
 和樹は嬉しそうに表情を緩めたまま、さっそく銀紙を破いてチョコをかじりました。
そんな和樹を見つめることもできず、詠美は代わりにどこか部屋の隅を見つめたまま
生返事を繰り返します。
 ふと、視界に小さな本棚が入ってきて…視線がその本棚の上に置かれている小物に
集まりました。本棚の上には電話機や鏡、メモ用紙などが置かれているのですが、
その小物…手の平サイズの立方体…は美しい包装紙とリボンで飾られていて一際目立っています。
「ね、ねえ…あれ、なに…?」
「ん?ああ、今朝瑞希がくれたヤツだよ。適当に作ったなんていうけど、あいつも
毎年マメだよなぁ。」
 答えは想像できましたが、詠美は尋ねずにいられませんでした。
そして、その想像しえた答えを和樹は何気ない口調で答えました。
作った…?ま、毎年…?
 和樹も悪意があったわけではないのでしょうが、それでも詠美の胸の奥には
彼が口にしたフレーズが重苦しく響き渡ります。不安にも似たプレッシャーで
心がさざめくと、たちまち胸苦しさが喉元まで迫ってきました。小さな唇を
噛み締めても、その取り乱してしまいそうな焦燥は押し殺せそうにありません。
「あ…あ、あのな詠美、手作りはアイツの趣味なんだよ!義理だって言って、
誰にでも配って歩いてんだから!もちろんオレにも義理だって…」
「あっ、あたしはほんめーだからっ!!」
 詠美の反応を見て取った和樹は慌ててフォローを入れましたが…その言葉に
弾かれるように、彼女はベッドから立ち上がって叫びました。叫んでしまってから、
自分が何を口走ったのか気付き…愕然として再びベッドに座り込んでしまいます。
345旦那さん、名無しです:2001/02/15(木) 09:17
「詠美…」
「あ…し、したぼくを大事にできないやつは、したぼくを仕えさせる権利なんて
無いっていうじゃない…?だからあたしのは…手作りじゃないけど、ほんめい…」
 和樹は座布団から立ち上がると、詠美の横に並んで腰を下ろしました。そっと
左手で肩を抱くと、詠美は気丈にも顔を上げ、支離滅裂な言い繕いを始めます。
 それでも、普段通りの不敵な笑顔は…『ほんめい』という単語を口にした途端、
しおしおなはにかみ顔になってしまいました。そらした瞳は今にも泣き出しそう
なくらいに潤み、頬は湯気が出そうなくらいに真っ赤です。
「…バカだな、詠美は…なに瑞希なんかと張り合おうとしてんだよ。」
「どっ…どうせあたしじゃ勝負になんないわよっ!!あっちはあんたとの付き合いも
長いし、髪も長いし、胸だって大きいし、それにチョコだって手作りだしっ…!!」
「ホントにバカだな、詠美はっ…」
「ぐっ…!!」
 打ちひしがれた詠美はぽろぽろ涙をこぼし、さらに逆上しようと息継ぎ
しましたが…そうするよりわずかに早く和樹は動いていました。
 激情に見開かれた詠美の視界に和樹の顔が大写しになり、そして…
ちゅっ…
「んんんっ…!!」
 角度を付けて、互いの唇が重なり合ったのも束の間…詠美は背後から
ベッドに倒れ込んでしまいます。
346旦那さん、名無しです:2001/02/15(木) 09:21
 和樹の重み。和樹の体温。和樹の鼓動。和樹の鼻先。そして、和樹の柔らかみ…。
「ん…んっ、んふうぅ…」
 それらを冷静に分析して、今自分がどういう状況にあるのかを悟ってから…
詠美は両目をしばたかせ、鼻から深ぁく息を漏らしました。鼻息をかけてしまった
恥ずかしさと、ぴっちり覆われた唇の心地よさで、もうクラクラ目が回りそうです。
ちゅむ、みゅ、みゅっ…ちゅ、ぱっ…
 和樹は優しくついばんで詠美をリードしていましたが、やがて二人の
お気に入りの角度を見つけ出すと、そのまましばらく密着を維持し…
お互いがキスに馴染むのを確認してから、そっと唇を離しました。
「…今の、本命チョコのお礼だからなっ。」
 和樹は見つめ合うでもなく早口でそう告げると、そそくさとベッドに
座り直してそっぽを向きました。詠美と違い、和樹はそれなりにキス慣れ
しているようですが…それでも彼なりに照れているのは誰の目にも明らか
でしょう。
「はふ、はふ、はふ、はふ…う、うみゅう…」
 ファーストキスの甘酸っぱい余韻と、チョコレートの苦味…。それらを
過敏な薄膜に残された詠美は、陶然としたままで深呼吸を繰り返すのみです。
すっかり胸がいっぱいで、甘ったるい溜息はいつまで経っても止まって
くれませんでした。