七瀬留美こそ真の乙女!!

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584K.A.
 生涯のうちで保健室のベッドに身を委ねる機会なんて何度あるだろうか。
それも、実際にケガをして運び込まれるとなれば『突然の転校』くらいに
稀有なことに違いない。なら、その両方を経験したあたしはそれなりに特殊な
人間なのだろうか。特別な女の子なのだろうか──って、保健室?
「…で…何であたしはここにいるのよ」
 仰向けの視界を覗き込んでくるクラスメート。この顔は…知っている。
「七瀬さん!良かったあ〜…もう、いきなり転んじゃうんだもん。
びっくりしたよー」
 不意に思い出す、さっきまでの出来事。
あたしは目の前の子にスカウト(襟首を捕まえて、有無を言わさず
引っ張ってくる事をスカウトと言うのなら、だ)されて、彼女の所属する
陸上部でタイムをとらされたんだった。
「ごめんね…調子悪いって知らなくて…おとといの体育の時にすごく
早かったから、やっぱり前の学校でも何かの部で、毎日走りこみとか
やってたのかなぁって思ったんだけど…あ、これさっきも言ったよね」
「…まあ、確かに……いつだって走ってたけどね」
(けど、あたしひとりじゃ、これ以上…走れないから)
 もう、ムキになってあいつを追いかける事も、あいつを急かして
登校することもできないのだから…。
 目の前の彼女と走ったとき、あたしはその姿に何かを感じた。
ほんの僅差、前を行かれたに過ぎない。でも──
この子は、何でこんなに真っ直ぐに 何の迷いも無く走って行けるんだろう…
そう思ったら、不意に自分を支える重力が失われてしまった気がして──
585K.A.:2001/01/21(日) 20:56
「……ななせ…さん?」
「ねえ…あなたはどうしてあんな風に走れるの?なんか、まるで…
走るってことに何の疑問も持たないって感じ」
「それじゃまるで私、単なる考え無しみたい…」
 彼女は何だか釈然としない様子だったが、あたしの表情に切迫したものを
感じたのだろう。
「そうだねえ…最後に辿りつくゴールに、大事な人が待ってる…なんて
考えるのはどーかな?」
「…え」
「私もね、実言うとここぞという時に記録を出せない、ってあるんだ。
そんな時って大抵自分の中に不安とか迷いとかあって、自分を信じられなく
なってると思うんだよ。だから、いっそのこと誰かに縋って、助けてもらうの。
このひとを信じて、まっすぐとびこんでいけばきっと大丈夫だから…そう思えば
少なくとも精一杯、全力で手足を動かせるんじゃないかな」
 そこで、あたしは本能的に…確信した。
彼女も長い時間を共有してきて、当たり前のように想いを分かち合える相手がいる。
彼女も特別な女の子、運命の王子様に約束されたヒロインなんだ。
 …ここでも、あたしは負けるのだろうか。また、ヒロインにはなれないのか。
「…わっ、七瀬さん!?泣いてるの?捻ったところ、痛むの?」
 泣かない、泣けない。そう誓ったから。いつかあの暖かい町へ、そして
あの輝く季節へ帰るまでは泣くものか。だから、今はこうして耳を閉ざして…
思い出の中に残るあいつの声だけを聞いていたかった。

                           【つづく(多分)】