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ずる・・・ずる・・・ずる・・・
暗い森の中を女がなにかを引っ張りながら歩いている。
女の姿はキャミソールにジーンズ、足はサンダル。
とても森を歩く服装とはいえない。
現に女の足は、途中で何度も転んだのだろう、ひっかき傷がいくつもあった。
ふいに女が足を止め顔を上げる。
その耳にまたあの声が響いてきた。
「こっちへ・・・こっちへおいでよ・・みんな待ってるから。」
それを聞いて女が再びなにかを引っ張りはじめた。
ずる・・・ずる・・・ずる・・・
『3日前から行方不明になっていた若い男女二人組が街はずれの森の中で遺体で発見され
ました。警察は男女の死亡時刻に大きなズレがあることから心中とみて調べをすすめて
います。最近この街では似たような男女の心中事件が後をたたず、付近の住民はなにか
のたたりではとおびえています。』
「ふ〜ん、たたりねぇ」
祐一は朝のコーヒーを飲みながらリビングでニュースを見ていた。
その横では名雪が同じようにコーヒーカップを持ってテレビを見ている。
ほんの数ヶ月前まではとても考えられなかった光景だ。
名雪があの目覚し時計を使い出してから早起きするようになった結果、
朝食を食べ終えてもかなりの余裕ができるようになったのだ。
しかしあまり早めに学校に着いてもしょうがないので
二人はこうしてテレビを見て時間をつぶすようにしている。
「祐一、そろそろ行こうよ」
名雪の言葉に祐一が画面の左上を見ると、デジタル時計が8:00を表していた。
「よし、行くか」
祐一は学校に向かって歩きながら今朝のニュースの事を考えていた。
ここ最近、祐一の頭の中は例の心中事件のことばかりである。
祐一もはじめのころはたいして興味を持たなかった。
しかし、同じ学校の生徒が心中したときから人事とは思えなくなった。
違うクラスの生徒だったが、よく見かけるカップルだった。
と言うか学校内で人目もはばからずにいちゃいちゃしていたので
校内で知らないものはいなかっただろう。
そんなやつらが心中したのだ。興味を持つなと言う方が無理な話である。
そして今朝のニュースだ。
まぁ事件そのものはいままでのものと何ら変わりはない。
しかし祐一にはどうしても気になることがあった。
(「街はずれの森」に「なにかのたたり」か・・・)
このふたつの言葉がどうしても引っかかるのだ。
開きそうにみえてどうしても開かない引出しの中身のように気になってしかたがない。
(くそっ気になる・・ここまで出かかってるんだけどなぁ・・)
「・・ういち・・ゆういち・・祐一!」
「んっ!?あ、あぁ、どうした名雪」
「どうしたじゃないよ。学校、通り過ぎちゃうよ〜」
「へ?」
祐一はいつのまにか校門を5歩ほど過ぎたところに立っている自分に気づいた。
どうやら考え事に熱中しすぎて我を忘れていたようだ。
「もう、最近祐一おかしいよ。なんかぼ〜としてる」
「名雪に言われたらおしまいだ」
祐一が言うと名雪は少し怒ったような顔で答えた。
「うー、わたしそんなにぼ〜っとしてないもん」
「授業中居眠りばかりしているやつがなにを言うか」
「うー」
「ほらさっさと行くぞ」
祐一はまだ納得していない名雪をずるずるひきずりながら校舎へ歩いて行った。
「おい、相沢」
休み時間、祐一が窓の外を眺めていると北川が話しかけてきた。
なぜか、笑顔である。しかもみょうに爽やかだ。
北川がこんな顔をしているときはなにかたくらんでいる時だということを祐一は経験で悟っていた。
「どうした、今日はどんなイベントがあるんだ」
「くっ・・さすが相沢・・俺がみこんだ男だけのことはあるな・・
だがむしろ話が早いというものだ。実はな・・・」
北川は祐一のとなりの席に腰をおろす。
「今日の放課後、肝だめししないか」
「はあ?」
「はあ、じゃないぞ。夏といえば肝だめし、肝だめしといえば夏だ。なあ、やろうぜ」
「まあ、俺は別にかまわんが・・場所はどこなんだ?まさか学校とかいうベタな展開じゃないだろうな」
その問いに北川はにやっと笑って答える。
「ふふふ・・・よくぞ聞いてくれた同士よ。場所はな」
北川はふいに小声になった。
「あの心中事件の起こっている森だ」
「なっ・・」
祐一は(それはさすがにヤバイだろ)と言いかけた。
が、しかしよく考えてみるとその「街外れの森」は今朝から気になっている場所なのだ。
行ってみれば祐一の心をとらえるものの正体がわかるかもしれない。
(これは、願ってもないチャンスかもしれないな。)
「・・・よし、やろう北川」
祐一は力強く答えた。
それを聞いて北川はメモ帳に祐一の名前を書き込む。
「相沢1名様参加っと。よし、じゃあ放課後5時に駅前に集合な」
「おう」
「じゃ、俺は他のメンツを集めてくる」
北川は席を立ちながら言うとちがう生徒のところに歩いていった。
が、途中で引き返すと再び祐一のところに戻ってきた。
「そうそう、言い忘れてたけど水瀬さんも連れてこいよ」
「へ?」
「肝だめしに女の子がいなくてどうするよ。水瀬さん連れてこなかったらお前は参加させないからな。じゃ」
一方的に言うと北川は去っていった。
「お、おい、ちょっと待て」
あとに残された祐一はただぼうぜんとしていた。
(名雪は部活があるだろうな・・・もしなかったとしても肝だめしなんか嫌がるだろうし・・ )
祐一はサイフを取り出すと中身を確認してため息をついた。
(イチゴサンデー4つが限界だな・・・)
「・・なんで結局いつもの4人なんだ・・」
祐一が名雪を連れて駅前にやってくると、そこには北川と香里しかいなかった。
祐一は北川をみる。北川はあわてて目をそらす。
「はぁ・・香里先生、代わりにこの状況について説明してくれ」
「誰が先生よ・・まぁいいわ。
なんでも場所を口にしたとたんに行く気になっていた人たちも断ってきたそうよ」
「なるほど、まぁふつうのヤツなら断って当然だな」
なにしろウワサではなく本当に死人がでた場所である。
「それじゃ相沢君と名雪はふつうじゃないのね」
「それを言うなら香里もな」
と言ってみて祐一はひとつ疑問に思った。
「なぁ、なんで香里はこれに参加することにしたんだ?
肝だめしっていうキャラでもないだろ」
「あたしは名雪の保護者として来たのよ。
暗い森の中で名雪がこの野獣二人になにかされたらと思うと
心配で心配で・・・」
「するかっあんな色気のない女にっ」
「冗談よ」
香里は笑いながら言った。
「わたしふつうだし色気だってあるもん・・」
気が付くと名雪がすねながら祐一をにらんでいた。
このままではイチゴサンデー追加という事態になりかねない。
「と、とにかく全員集まったし、さっさと行くか。
北川案内しろ」
祐一は北川の肩をつかむと早足で歩き出した。