ミドリと僕は、昼下がりの動物園を歩いていた。サイモン&ガーファンクルの動物園にちなんだ曲を口ずさみながら、ミドリはサル山を眺めていた。僕はといえば、サルの顔というのは、思ったよりも個性があるもんだな、ぼんやり考えていた。
「あのサル、どこかで見た顔してるわよね」と不意にミドリが言った。
「どのサル?」
「ほら、あの水のみ場のところで、にらみを効かせてるサル、誰だろう、あれ?」
ミドリが指差した先には、なるほど、そんなに大きなサルではないのだが、妙に狡猾そうな老獪そうなサルがいた。
「あのサルのさ、毛づくろいをしてる後ろのサルも、誰かに似てるよね?」
僕も指差して言った。
「あら、本当。なんなのかしら、ほんとに誰かに似てるわよねぇ」
ミドリも僕も、そのサルたちが誰ににているのか思い出せないことがもどかしかった。しばらく無言で僕らはサルたちの様子を眺めていた。
その時だった。話題の二頭に何頭かのサルたちが近寄り、こぞって食べ物を差し出したのだ。バナナとかリンゴとかそんなものだ。例の二頭は、いばってそれをもぎ取り、がつがつ食べ始めた。
「あ。…わかったわ」
ミドリがいたずらそうな瞳を輝かせて僕を見た。
「うん。僕も分かったと思う。」
「じゃ、言わなくても良いわね。」
「言わなくても、良いよ。」
僕らは顔を見合わせて、微笑んだ。
サル山から離れ、象、フラミンゴ、シマウマ、オットセイ、羊…さまざまな動物たちを、僕らは丹念に観察しながら、見て回った。
ミドリの観察力は、とても鋭くて、僕は何度も大笑いした。
木陰でミドリは冷たいクリームソーダを、僕はペプシ・コーラを飲みながら、しばらく休憩した。日曜日の昼下がりだから、子供たちが羊を取り囲んで撫で回しては歓声を上げていた。
「ライオンは、どうしたのかしらね」
ミドリがとても残念そうに言った。そうして、クリームを一匙舐めた。
「ライオンは、この暑さで参っちゃったんだよ。とてもじゃないけど、ここの環境は、アフリカのサバンナには程遠いからね」
「本当に、残念だわ」
ミドリが本当に残念そうにため息をついた。僕は言った。
「ライオンにも、休日が必要だろ?」
「それも、そうだわね。今度また、一緒にきましょうね」
「約束だね。…ライオンの元気な時に」ペプシ・コーラの壜を掲げて、僕は言った。
「ライオンの元気な時に」ミドリも、クリーム・ソーダのグラスを掲げて言った。カチン、軽くぶつけた二つのガラスの、涼やかな音がした。
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