★★倉木麻衣罵倒・アンチスレ PART50 ★★

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11パート49より
週刊大衆12/18

紛糾する「ビデオ公開」に続いて
あの倉木麻衣の父が強行出版する「家庭内暴露本」の中身

シンデレラ歌手を襲った泥沼劇の次の舞台は、実父が
著わす「娘への愛情記録」。その内容と真相を探った!

デビューから1年足らずで、日本のポップス界の頂点に
踊り出た倉木麻衣(18)。プロモーションビデオ以外では
歌番組にも出演せず、私生活も明かさない、ミステリアスな
売り出し方が”謎の美少女歌手”として、人気に拍車をかけて
きたことも、また事実だ。
そんな彼女に対して「私が倉木の父親」と、この夏、突然
”名乗り”を上げたのが、山前五十洋氏(57)だった。
最終的には販売差止めになったものの、11月には、倉木の
幼少時の”お宝映像”ビデオの発売を計画して物議をかもした
山前氏が、今度は、なんと”家庭内・暴露本”を緊急出版するという。
その真意は?一連の騒動の背景には何があるのか?
12パート49より:2000/12/12(火) 05:40
本誌の取材に対して、山前氏はこう答える----。
「倉木麻衣が、いまやスーパースター、半ば”公人”であることは、
重々、承知してますよ。でもね、ボクが、彼女の、青野真衣(本名)の
父親であることも、紛れもない事実なんです。娘に会いたい、
真衣の声が聞きたい、そう望むのは、父親として当たり前じゃないですか。
それができないから、こうして本を書いたんです。”いろいろいわれてる
パパだけど、真相はこうなんだよ”と、娘に知ってもらいたい。
それだけが狙いで、他意はないんです」
柔和な表情ながら、一気呵成に、こう話す山前氏。
「ただし、これだけは声を大にしていっておきたい。世間じゃ、ボクが、
真衣のビデオを事務所に10億円で買い取らせようとしたと、まこと
しやかにいってるようやけど、そんなん、まるっきりウソっぱちや。
ボクは、一言も、そんなこといってないですよ。
ああいう記事を見たらね、そりゃ”なんちゅう父親や。娘のビデオで
カネ儲けをする気か”と誰だって思いますよね(笑)。でも、私は
記者会見でもいったでしょ。真衣本人が”パパ、ビデオなんて、出すの
やめて”と連絡してきてれれば、すぐにやめるつもりだ、と。ボク自身、
本気でビデオを売るつもりは、最初からなかったしね・・・・」
13パート49より:2000/12/12(火) 05:40
『歌姫 倉木麻衣』(ラインブックス刊)と題された、この”暴露本”は
12月6日発売予定。内容は”天才歌姫・倉木麻衣”を生んだ”青野家”
の歩みを、パパ(山前氏)とママ(公子・前夫人)の出会い、真衣の
誕生と少女時代の素顔など、しられざるエピソードを交えて綴ったもの。
なかでも注目されるのは、今年3月に成立した夫妻の離婚、6年前に始まった
別居生活の経緯など、一連の核心部分に触れていることだろう。事実、
山前氏は先日、大阪地裁に”離婚無効”の訴えを起こしたばかりなのだ。
山前五十洋氏は'43年、京都府生まれ。'60、16歳のときに、テレビ時代劇
『天馬天平』の主人公・少年剣士役で「富士八郎」の名でデビュー。
その後、CM制作会社兼芸能プロダクションを設立した山前氏は、30歳で上京。
CM・ビデオ制作のほか、Vシネマ、劇場公開用映画などの監督作品は
50本以上にのぼる。
ところで、倉木麻衣が所属するビーイング・グループの総帥・N会長と
山前氏は、実は京都時代からの旧知の仲。N氏が東京に出てきてからは、
公子前夫人が「会社の経理を手伝いに行っていたこともある」(山前氏)
という古馴染みなのだ。
14パート49より:2000/12/12(火) 05:41
公子前夫人との入籍にあたっては、彼女の実家の”青野姓”を名乗ることに。
そして'82年10月28日、山前氏39歳のとき”青野真衣”誕生-----。
そして青野真衣こと倉木麻衣は、昨年12月に彗星のごとく音楽シーンに現れ、
いきなり『Love@`Day After Tomorrow』が大ヒット。以後、発表したシングル
6枚は、すべてミリオンセラーを記録するという”カリスマ歌手” になった。
「6月にリリースした初アルバム『delicious way』も500万枚に迫る勢いです」
(音楽誌記者)
昨年が”宇多田ヒカル・ブーム”なら、今年はさながら”倉木麻衣イヤー”なのだ。
「そこに、突然”音信不通”とされていた父親が、名乗りを上げた訳です
からね。倉木サイドが、対応に苦慮したのも当然でしょう」(前同)
だが、これも、山前氏にいわせれば「事実と違う」ということになる。
「確かに、別居して6年になりますが、音信不通なんて、とんでもない。
別居後も、月に2〜3回は家族で会って、ドライブしたり、食事に行ったり
してたんですからね。
真衣と最後に会ったのは、2年前の彼女の誕生日ですが、その後も真衣と
3つ年上のお兄ちゃんのことは、常に電話やファックスを入れて、気にかけて
きたつもりです」
別居の原因は、取引先のビデオ問屋が倒産したために被った形の借金問題
だったが、
「それも残りわずか。ようやく、また家族が一緒に暮らせる。それを励みに
一生懸命働いてきたというのに・・・・」
山前氏は、憤懣やるかたない表情で訴え続ける
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「3月に、家内に突然”離婚してほしい”といってきたときは”真衣も、
歯科衛生士をめざして頑張ってるから”という話だったんです。”形の
上でも離婚すれば、国から生活補助が出るから”とね。
ボクも、その時期、たまたま家族の生活費を滞らせることがあったので、
それもそうやな、と応じたわけです」
その時点で、愛娘はすでに歌手としてデビューしていたわけだが、”ビデオの
仕事でヨーロッパと日本を行ったり来たりしていた”山前氏は、今年6月に
なって、ようやく、その事実を知ったと言うのだ。
だが、千葉の実家は、すでに引っ越した後で、家族の移転先もわからない。
やむなく山前氏は、7月末に、ロスでのレコーディングから帰国した倉木麻衣を、
関西空港で”直撃”するという、強硬手段に訴えたことも。
「その数日後に、ようやく娘の代理人という人物から連絡がありまして。
会ってみたところが、いきなり”○○円でどうでしょうか”とカネの話だもの。
”そういう問題じゃないだろ!”と、ボクはもう腹が立ってねェ・・・。
そもそもビーイングのN氏とは、知らない仲じゃないんだしね。どうして、
一言”真衣ちゃんを預かってますよ”といえないの?!キチンと話をして
してくれれば、ボクだって、”真衣をこんなに立派にしてくれて、どうも
ありがとう”と素直にいえるやん」
と高ぶって声を詰まらせる山前氏は、ときに”声涙ともに下る”場面も・・・・。
16パート49より:2000/12/12(火) 05:41
一方、当の倉木麻衣は9月に自身のHPで、父との決別宣言”とも受け取れる
メッセージを発表しているのだが、山前氏は、
「あれは、真衣本人の意思によるものではないハズ」
と、譲らない。
また、件のビデオに関しては、いち早く”販売差止め請求”に動いた倉木麻衣
サイドの、今回の”暴露本”に対する反応が気になるところだが、
「今度は本ですか・・・・。ま、ご自分の家族のことを書かれるぶんには
自由ですからね。実際に、本の内容を見てから判断するとしか、現時点では
申し上げられませんね」(所属事務所)
と、困惑しながらも”臨戦体制は取る?!芸能記者があとを引きとってこういう。
「”泥仕合だけは避けたい”というのが倉木サイドの本音でしょう。
ただ、事務所スタッフから”なにも収容所に入れてるわけじゃないし、
倉木に会いたいのなら、会いに来ればいい。誰も、邪魔立てしないのに”と
いう声は、よく聞くんですがね・・・・」
どこまで続くぬかるみぞ。倉木麻衣のためにも”父娘和解”の日が来ることを
願わずにはいられないが・・・・・。
17パート49より:2000/12/12(火) 05:42
倉木パパ暴露本『歌姫 倉木麻衣』(ラインブックス刊)より

P.189〜以下抜粋

http://www.ooedo.co.jp/img/003.JPG
http://www.ooedo.co.jp/img/002.JPG
私が自分の娘を、一目見た瞬間に、
「あっ、これはおれの娘だ」
とわからなかったのは、もうひとつ理由がある。
手元にあるこの写真は、真衣が中学2年生のときに津田沼の『パルコ』で撮ったものだ。
「ひょっとして、なにかのきっかけで、芸能界のオーディションなんかを受けるとき、
使えるように撮っておこうよ」
そう言って撮った写真だ。
真衣のチャームポイントはなんと言っても、両側にある八重歯だ。
目の回りも、あどけなさを出すようなくりくりとしたかわいい目をしている。
ところが、ビデオクリップの中の『倉木麻衣』という歌手は、八重歯も見えない。
眉毛もすごく細くなっている。目の回りもスッキリと引き締まり、涼しげな目をしていた。
私が知っている、98年10月28日に目の前で、うれしそうに笑っていた娘の顔の
表情とはまったく違っていた。わかるはずがない。
18パート49より:2000/12/12(火) 05:42
暴露本読んだけどさ、この本をソースにするとパパは
音信不通だったわけではなく(月に数回は義父、義母の妨害をかいくぐりママと連絡しあっていた)、
家族に暴力をふるったわけでもなく、
仕事もしないでふらふらしていたわけでもなく
女にうつつを抜かして家庭を省みなかったわけでもなく、
酒乱だったわけでもなく、
博打に狂っていたわけでもない
ように読めた。

汚点があるとすれば、生活費の振り込みが離婚前の数ヶ月滞っていたという点(本人が認めている)。
で、離婚されてもしょうがないダメ父、というレッテルはどのあたりからきたんだろう。
あえて(あえて だよ)この本を信用して、ビーイングの情報戦の結果ダメ父イメージが
作り上げられたとして、「クラキパパが切り捨てられた理由」を考えてみた
19パート49より:2000/12/12(火) 05:42
.パパにプロダクションの権利を持っていかれることを恐れたから
 クラキは逸材(?)であるが、パパに知られるとなまじプロダクション経験が
 あるだけに売り出し方法に難癖をつけられたり、権利関係などを持っていかれ
 るのはなんとしても避けたかった。
 パパが介在した場合、整形は容認するかも知れないが、「ボストンがルーツ」
 なんて博打みたいなプロモーションは愛娘にはしないんでないかな。

2.ママがパパに見切りをつけた。
 ママは前夫との離婚で悩んでいた際、山前氏に相談し(叔母 滝沢れい子氏の紹介)
 助言を得て、山前氏の事務所での働き口を得るとすぐに前夫と離婚している。
 竹を割った様な性格(山前氏 評)であることから、山前氏では先行きが不安だと
 感じ、「倉木麻衣デビュー&ヒット」を契機にばっさり山前氏を切り捨てるべく
 事務所に「夫は金の亡者、何か言ってきたら金目当てだと思ってください」と吹き
 込む。(信じたビーイングはいい迷惑)

3.クラキ自身がパパを嫌っている
 予想の元になるような何のソースもないが・・・
 幼いころからパパから虐待(暴力だけではない、パパが気づかないだけで心底いやがる
 ような経験を繰り返していれば子供は傷を負う)を受けており、切り捨てるという
 リスクを負っても余りある嫌悪感をパパに対して抱いており、その感情の発露がこのような
 事態を招いた。(気づいていなければパパは地獄・・・・)
 ヲタとファンの一部はこの評価でおちついているとみた。

4.長戸はパパを嫌っていた
 京都郊外の嵐山近くにある喫茶店「木(もく)」で弾き語りをしていた長戸氏は
 パパと出会う(このときパパは前妻づれ)。この出会いをきっかけに長戸氏はパパ
 の作るコマーシャル作品での作曲の仕事をいくつか行う。
 このあとの予想の元になるような何のソースもないんだが・・・
 このときあるいはこれ以降のつながりの中で長戸氏はぬぐい去れないほどの嫌悪感
 を山前氏に対して抱き、すきあらば復讐してやろうとすら思っていた。
20パート49より:2000/12/12(火) 05:43
こんないいパパを日記で悪者扱いして・・・
倉木麻衣ひどいぞ!

山前五十洋から娘Maiへ
http://www.ooedo.co.jp/mai-2.html
Mai、誕生日10月28日もうすぐだね。
これを見る時は、誕生日がすぎるかも、18才おめでとう。
また大学受験がんばるんだぞ。
Maiには大変迷惑かけたかも知れないが、
あのホームページの文章、ちっともパパ気にしていないからネ。
ああいう風に書けたこと、立派だよ。
さすが我が娘と思ってるし、今のパパはMaiのこと自慢です。
誇りにもおもってますよ。
ただ、関空で逢ってから3ケ月たった今でも
MaiやMaMaから電話の一つもないのが、
とても淋しい気もします。
でも、NHKのオードリ−や、新曲を聞いて、
気持を落ちつけています。
これだけは、信じて欲しい。   

Maiのこと、いつまでも、心配もし、応援もしているよ。
仕事も頑張ってるよ。
Maiがこれから壁にぶつかる時も来るだろうし、
そのときこそ、相談にものれるパパでいるから、
そのときは逢いにも行くし、逢いにも来てね。
21パート49より:2000/12/12(火) 05:43