復活のギャルゲ板SSスレッド

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85笑顔(前編)
空中ブランコの高台の上から、すみれは客席に目を走らせていた。
――いた。あの子だ。すみれの胸に静かな緊張が走る。


三日ほど前の事だ。すみれ達は、この街での興行準備に大忙しだった。
ちょうど必要な資材の買い出しを終え、町外れに立てたテントに向かおうとしていたその時、
突然デイジーが何かに気付いたかのように飛び出して行った。
「あ、デイジー!」
止める間もなく走り去ったデイジーを追うため、すみれは荷物を他の団員に預け、駆け出した。
「じゃあすみれちゃん、先にテントの方に帰ってるわね」
「はい、すみません。デイジーを連れてすぐに戻ります」

デイジーの走っていった方向にしばらく向かうと、「キキッ」という聞き慣れた声が聞こえてきた。
そこは小さな公園だった。公園の片隅のブランコで、4・5歳くらいの女の子がデイジーを不思議そうに見つめていた。
一方デイジーはと言うと、その女の子の前で飛んだり跳ねたりして、何やら懸命に笑わせようとしているようだった。
女の子の頬には光る筋が、泣いた跡があった。
その風景を見て、すみれの胸にあの時の記憶がよみがえる。
若くして母が亡くなり、自分が一人泣いていた時の事、その時初めてデイジーと出会い、慰められた時の事…。

すみれはそっと女の子に近づき、声をかける。
「何してるの?」
「…おねえちゃん、誰?」
「私はすみれ。野咲すみれ。私も隣に座っていいかな?」
「……きれいな、名前だね」
86笑顔(後編):2001/05/16(水) 19:35
少しの無言の時間が流れ、先に口を開いたのは女の子の方だった。
「わたしね…、おかあさんとおとうさんが、『りこん』しちゃうんだ」
「えっ」

少女の話を聞き、すみれは理解した。女の子の母は娘を産んだ事を後悔しており、父もまた、家庭に興味を持っていない事を。
例え両親が健康でも…、これでは意味が無い。

すみれは考えた。自分はみんなを楽しませるために、笑ってもらうためにブランコをやっている。
それは、あの人が教えてくれた事。
そんな自分がこの子のために出来る事、それは…。

すみれは、ポケットからサーカスの券を取り出して言った。
「ねえ、今度の日曜、私達サーカスをやるんだけど、もし良かったらお父さんお母さんと一緒に見に来てくれないかな」


―あの子が来ている。両脇に座っているのが恐らく両親だろう。
少女の境遇を、自分に重ねあわせていただけなのも知れない。
自分がブランコをやっても、あの子は笑ってくれないかも知れない。
でも、それでも、一人の子供の笑い顔のために、自分はブランコがやりたい。
またきっとあの人に、胸を張って会えるために。

跳んだ。重力に引かれるままにブランコは高度を下げ、そしてまた昇る。すみれは親友の名を呼ぶ。
「おいで、デイジー」


閉幕の喧燥の中、すみれは少女の姿を探す。
「すみれおねえちゃん!」
あの子が声をかけてくる。
隣に立つ両親の、何かをあきらめてしまったような表情には、何も変化は無い。
でも、あの子は確かに――かすかに、恥じらいながらだが、確かに微笑みながら、こう言った。
「…ありがとう」

(「私こそ、ありがとう」)そんな思いを胸に、すみれはありったけの笑顔で返した。
(やっぱり、あの人の言う通りだった。サーカスは、誰かに笑ってもらえる力があるって…)