ロベリアのカンカンはアタシに踊らせろ!2

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416冬来りなば……@12
 酒場から半刻ほど歩き、二人は屋敷に着いた。いつものように、合図を鳴らすロベリア。しかし、扉は
開かない。
「? っかしいね。いつもなら、すぐメイシアが開けてくれるんだけど」合点がいかず首を傾げると、ニコ
ライが「裏口に周ってみたらどうだ?」と提案した。
「そうだね。まだメシを作ってる最中かもしれないし、裏に周ってみるか」言うなり二人は裏口へ周る。
だが、その途中で二人は確かな違和感を感じていた。
「ロベリア……」
「ああ、判ってる。嫌な感じがビンビンきてるよ」
 日は既に落ちている。しかし、屋敷内で灯りが燈っている様子は無く、竈から立つ煙も無い。明らかに
おかしかった。そして裏口前の路上には、沢山の食材が無造作に散らばっている。新鮮であったであろう
その食材達は、カラスや野犬達に荒らされ無残な姿を晒していた。
「チィッ! やっぱり何かあったか!」
「落ちつくんだ、ロベリア。まずは屋敷の中を調べるのが先決だ」慎重に裏口の扉を開ける。鍵は……
かかっていない。
 暗い屋敷の中に足を踏み入れるニコライ。部屋の中の気配を探り、何者も潜んでいない事を確信
すると、ニコライは所持していたオイルライターを点けた。
「誰も居ないようだね」ニコライの後背に背中を合わせ、ロベリアが言う。
「……ああ。しかし……」
「判ってる。――血の匂いがする、ってんだろ」
 そう。微かではあるが、屋内には血の匂いが漂っていた。ニコライがゆっくりと灯りを移動させると、
柱時計近くの壁に何かを発見した。二人は、慎重にその物体の近くに歩み寄る。すると……。
「これは……」眉を顰めるニコライ。
「……ッざけやがって!」唇を噛むロベリア。――ツ……彼女の唇から、一筋の血が滴った。
 二人がみつけた物。それは――。
「女性の手首……だな」釘で壁に打ち付けられた手首を見て、ニコライが言った。
「ああ。しかも……コイツはメイシアの右手だよ」静かにロベリアが言った。口調とは裏腹に、強烈な
殺気が込められている。
「確かなのか? 可能性としては、それが一番高いが」釘を引き抜きつつ、ニコライが訊ねる。
「間違い無い。この『キャッツアイ』の指輪はメイシアのモンさ」
417冬来りなば……@13:2001/08/02(木) 23:55
 ロベリアは、メイシアにこの指輪を見せてもらった時の事を思い出していた。

『へぇ……。なかなかイイ指輪じゃないか。どうしたんだい? こんな物』
『……実は、旦那様がくださったんです。――いつものお礼だ――って』
『お礼ねぇ。ダンナの事だから、どうせどっかで盗ってきたんじゃないのか?』
『違いますよ。だって、私も一緒に買いに行っていたんですから。――好きなのを選べ――って』
『ハァ? ダンナが宝石店で買い物したってか。どうせならもっと高価いのにすりゃ良かったのに』
『……良いんです。これでも、私には過ぎた品ですもの。それに、旦那様からの贈り物ですから』

「……すごく、嬉しそうだったんだ」拳を壁に叩き付け、ロベリアが呟く。
 ニコライは無言だった。彼はメイシアの手首を釘の戒めから解き放つと、それを持って厨房へと
向かった。一体何をする気なのであろうか?
 ロベリアは自分で傷つけた唇の痛みに気付き、口元に指先をあてる。ぬるりとした血液が指先に
付着した。暫し指先を見つめると、拳を強く握り締める。気のせいか、拳から煙のようなものが立ち
昇っている様に見える。間もなくニコライが厨房から戻ってきた。
「さて。では行くか」開口一番ニコライが言う。
「ああ……馬鹿共にお仕置きをしてやらなくちゃね」そう言うと、ロベリアは鋭い眼差しで壁を睨みつけた。
 壁には、メイシアのものと思しき血液で
――ロベリア・カルリーニへ。街外れの廃教会にて待つ。血の制裁を忘れるべからず。
 と書かれていた。
「マフィアの野郎め……消し炭に変えてやるよ」憎悪と嫌悪。そして怒気のこもった声でロベリアは言う。
 今、彼女は正に『銀髪の悪魔』と化していたのであった。その変貌ぶりに、ニコライは明らかに背筋の
寒くなるものを感じ取っていた。そして改めて『火喰い鳥』といわれた少女の事を思い出すのであった。

 時の程、二人は廃教会に辿り着いた。朽ちた扉の前に立つ二人を歓迎するかのように、ガーゴイル像が
嘲笑を浮かべ見下ろしている。
 そして、ロベリアは正面から。ニコライは裏手に回り教会に入ることにした。マフィアの刺客も、まさか
ロベリアに味方がいるとは思ってもいないだろう。そう思っての作戦である。
 相方が裏手に回る時間を見計らい、勢いよく扉を蹴り開け、ロベリアは教会へと踏み込んだ。
「ようこそ。ようこそ、ロベリア・カルリーニ!」
418冬来りなば……@14:2001/08/02(木) 23:56
 踏み込んだ瞬間、気障ったらしい声が礼拝堂に響く。声の主は祭壇の真前に立っていた。
「ケッ、イタリア野郎が何気取ってやがる。てっきりマシンガンでお出迎えかと思ってたのに、とんだ
拍子抜けだよ」
「クックックッ……。噂通り随分と大胆な神経の持ち主のようですね。いやいや、惚れてしまいそうですよ」
男は、表面は紳士を気取っているが、声の端から好色さが滲み出ている。
「あら、残念。アタシはアンタみたいなのはタイプじゃなくてね。勝手にマスでもかいてな」舌を出し、
中指を立ててロベリアは言う。すると男は
「いやいや、今は結構。先程、あちらの女性にたっぷりと相手をしてもらったのでね」
と言って、礼拝堂の左手を指差す。
 そこには、全身を汚液で穢されたメイシアがぐったりと横たわっていた。
「……ゲス野郎が。どうせ商売女くらいにしか相手にして貰えなかったんだろ? こんなになるまで犯る
なんて、よっぽどモテなくて溜まってたんだねぇ」厭味たっぷりにロベリアが言い、その一方で、メイシアの
様子を確認する。息は細いが、まだ生きているようだ。
「おやおや、誰が一人で犯ったと言いましたかな?」男がそう言った瞬間、ロベリアは背後に殺気を感じ
取った。素早く振り向いた瞬間、木槌のような一撃が彼女の顔面を襲った。
「! ッかはッ」
 あまりに強烈な一撃に、掛けていた眼鏡が飛ばされた。鼻腔の奥で出血したのか、鉄の味が口中に
広がる。間髪置かず、ロベリアは大男に押さえつけられていた。
「フふぇ、フふぇ、フふぇ。単純なヤツは、相手にするのが、楽なんだな」いかにも頭の弱そうな男だった。
「まったくだゼぇ。これなら人質なんか取らなくてもカタぁついたんじゃねぇの?」外法頭の男が言う。
「いやいや、仮にも我が同胞達を葬ってきた相手だ。策は練らなくては。まあ、役得もあったが」
「はン! たかが女一人に三人も刺客をよこすなんざ、ファミリーも落ちぶれたもんだね」押さえつけ
られたままロベリアが毒づいた。
「ふむ。どうやら自分の立場が未だ判っていないようだ。フランコ、犯っていいぞ」ロベリアの脇腹に蹴り
を入れつつ、気障男が言った。
「ぐぅッ!」
「フふぇ、フふぇ。嬉しいんだな。柔らかそうな、オッパイなんだな」フランコと呼ばれた男が、舌をベロンと
出し、ロベリアの首筋を舐め上げようとしたその時、二箇所で同時に声が上がった。
「あづぁ、あちひゃあぁぁぁああ!!」
「ロベリア! 彼女は確保したぞ!」
419冬来りなば……@15:2001/08/02(木) 23:57
 声の一つはニコライのものだ。そして、もう一つの声はフランコのものであった。
「あぢい、あぢいよぼふぁああッ!!」顔面を押さえ、フランコは泣き叫んでいる。頭髪は炎に包まれていた。
「なんだ? 何が起こってる?」外法頭が状況が把握できずにうろたえる。すると突然、小気味良い音が
外法頭から響いた。
「けひゃッ!?」間の抜けた声を上げ、外法頭が派手に転がった。彼が元立っていた場所。そこには
ステッキを持った一人の紳士が立っていた。
「イタリア男性はこれだから困る。情熱だけでは女性は口説けないのだよ」
「誰だね、貴公は? 命が惜しければ、さっさと立ち去った方が身の為ですぞ」気障男が紳士を睨む。
「アルセーヌ・リュパンという者です。私のメイドを返してもらいに来ました」
 リュパンはそう言うと、深々と会釈をした。しかし次の瞬間、彼のステッキが気障男の咽喉を激しく突いた。
「かはッ!」気障男は反射的に咽喉を押さえる。
 ロベリアはその隙を突いてフランコの縛めから脱出した。フランコは相変わらず顔を押さえ叫んでいる。
「形勢逆転ってところだね。さてと……落とし前はつけさせてもらうよ」ロベリアはそう言うと、頭を押さえて
うずくまっている外法頭に蹴りを叩き込もうとした。しかし、外法頭は間一髪それをかわす。
 気が付けば、それぞれ別々の相手と対峙していた。
 ロベリア対外法頭。リュパン対気障男。そしてニコライ対フランコ。
 外法頭はロベリアとかなりの間合いを取っており、ロベリアはその間合いを一気に詰めようとした。
だが次の瞬間、彼女の左肩に激痛が走った。
「痛ッ!」
「ひははっ! どうした? 近寄るんじゃないのか?」甲高い声で外法頭が喋る。いちいち癇に障る声だ。
「チッ、針か?!」ロベリアは肩から生えた金属針を見つめる。太さは1mm程で、高速で飛来するこの
針を見切るのは、ほぼ不可能に近い。
「ひははっ。見えないだろう? 一本の威力は大したコトねぇが、何本も喰らったらキツイぜぇ」どこに隠し
持っているのか、外法頭の両手には、何時の間にか数本の針が握られている。
「本当だったら、こんな細い針なんかじゃなく、オレのぶっとい奴をブチ込みたいところだがな。まあ、
お楽しみは手前を動けなくしてから犯ることにするぜ」下卑た笑いを浮かべながら外法頭は言った。
「ふぅん。そんなにぶっといのかい。楽しみだねぇ……」外法頭の台詞に対し、妖美に微笑むロベリア。
「ひはは。あとでたっぷりと、尻から犯してやるよ。あの姉ちゃんみたいにな」言うや針を投げる。高速で
放たれた針は、ロベリアの右肩に刺さる――筈であった。彼女は無傷で、ゆっくりと外法頭に近づいてくる。
「ひは?」一瞬理解できない表情を浮かべる外法頭。しかし、すぐさま第二撃を放つ。だが、それも刺さらない。
420冬来りなば……@16:2001/08/02(木) 23:57
 三本、四本、五本。外法頭は次々と針を投げる。しかし、ロベリアの歩みは止まらない。彼女の周囲で、
数度光の花が瞬いては消えていくのを外法頭は見た。気が付けば、彼女は外法頭の真正面に立ち、右手で
外法頭の股間を握っていた。
「どうした? このぶっといのを、アタシにブチ込んでくれるんじゃなかったのかい?」外法頭の耳元で、淫靡に
囁く。――熱い――外法頭は、股間に異様なまでの熱さを感じていた。無意識に股間のモノが屹立する。
「おや? 元気になった。けどねぇ……」ロベリアはニッコリと微笑む。しかし――
「あの世でマスでもコキやがれ!!」刹那。ロベリアの右手から凄まじい炎が発生し、外法頭の腰部が一瞬に
して消滅した。――炎使い。これがロベリアの『力』であった。
「ひひゃあぁあああ!? オ、オレのチンポが? 腰が?」腰から離れた脚がパタリと倒れ、上半身は無様に地面
に転がった。仰向けの体勢で、外法頭は自分の体を見て再度悲鳴を上げた。――赤く焼けた腸がはみ出し、
ぶすぶすと煙を上げていたからだ。
「い、いやぁーー! 死ぬ? 死ぬ?」錯乱しきった様子の外法頭。すぐ横に、ロベリアの脚があった。見上げると、
「死ねよ」と、一言だけロベリアが言い、腹部を踏みつける。蓋を失った臓物が勢い良く飛び出した。再度悲鳴を
上げる外法頭。次の瞬間、ロベリアの右手から放たれた炎が、彼の頭を一瞬にして焼き尽くした。
「うるさいんだよ」そう言ったロベリアは、正に銀髪の悪魔であった。

 その頃、リュパンは気障男と対峙していた。気障男はベレッタを構え、リュパンを牽制する。
「貴様の噂は聞いているぞ、アルセーヌ・リュパン。噂通りスカした野郎だ」
「ほう。既に紳士の化けの皮が剥がれましたな。口調が下品なチンピラになっていますよ」あくまでも優雅な物腰を
崩さないリュパン。対照的な両者である。
「ふん。気取ってられるのも今のうちだ。こっちには、最新式の自動拳銃があるんだぜ」そう言って気障男は照星を
リュパンに合わせる。するとリュパンは、
「自動拳銃? 今君が持っている鼠の死体がかね?」と言った。気障男は慌てて手の内の拳銃を確かめる。
 ――そこにはウジの湧いたドブ鼠の死体があった。
「な、なに? なんだこれは?!」驚いて死体を投げ捨てる。カラン、と硬い音がした。
「おや、大事な拳銃を捨ててしまうのですか? 勿体無い」冷静にリュパンは言う。一体、彼は何をしたのか?
「ふ、ふん。貴様を片付けるのに銃なんか必要ねぇよ。このナイフで十分だ」気障男はそう言うと、ジャケットから
取り出したナイフを構えた。しかし、そのナイフを見てもリュパンは一向に動じない。そしてこう言った。
「ナイフ? 今君が持っているズッキーニがかね?」
 気障男は再度慌てて手の内を見る。――一本のズッキーニがそこにあった。
421冬来りなば……@17:2001/08/03(金) 00:00
「ど、どうなってんだ、こりゃあ?」狐に抓まれたような様子の気障男。さもありなん。手にしていた物がことごとく
別の物に姿を変えているのだから。
 リュパンはそんな様子の彼の首筋にステッキをあてて言った。
「さて、私のメイドを凌辱した罪は償ってもらいますよ。荒事はあまり好きではないのですがね」
「……ふざけるなよ。こんな棒キレで何が出来るってんだ」気障男は右手でステッキを握ると、それをリュパンから
奪い取ろうとした。しかし――
「おやおや。剣を素手で握るとは無茶をしますね。指が落ちますよ」リュパンがそう言うと、気障男の右手の指が
ポロポロと地面に落ちた。
「うわ、うわぁーーーー!!」絶叫する気障男。落ちた指を一所懸命掻き集め、必死にくっつけようと無駄な努力を
している。情けない事に、目から大粒の涙をこぼしていた。
「それでは、ごきげんよう。あなたの首、貰いうけます」リュパンが手にするステッキが一閃し、男の首を刎ねた。
男は、それっきり動かなくなった。
「ふむ。これほどあっさりと効くとは思わなかったな。我が催眠術も、まだ錆付いてはいないと云う訳か」
 そう。彼と戦っていた気障男は、リュパンと対峙した瞬間に彼の術中に陥ちていたのだ。現実には、気障男は
傷一つ負ってはいない。しかし、彼の催眠術によって、精神的に『殺された』のであった。
 ――アルセーヌ・リュパン。彼もまた魔人であった。

「グハ、グハ、グハ。そ、その女は、渡さないんだな。す、すごく具合のイイ女だったんだな」
 焼け爛れた顔面を片手で押さえながら、フランコがニコライの前に立ち塞がる。弱りきったメイシアを抱え、ニコライ
はフランコから離れようとするが、フランコは執拗に追いすがってくる。巨体の割に、思いの外素早い。
「クッ。一刻も早く彼女を治療しなくてはならんのにッ!」
「逃がさないんだなーー!!」礼拝堂の長椅子を、フランコは投げつけてきた。かわしきれず、ニコライの頭部が弾
かれる。動きが鈍ったところを、フランコの巨体が弾み一気に間合いを詰め、ニコライの頚部を両手で締め上げた。
「グッ、ガッ……」あまりの握力に、ニコライの意識が飛びかける。しかし、メイシアは放さない。
「死ぬんだなーー!!」声と同時に、握力が更に強まった。指が皮膚を突き破り、鮮血が散った。その時――
「うあ゛ぁ! づあ゛ぁあぢぃあ゛ぁぁーーーー!!」
 凄まじい炎がフランコの背中を焼いた。肉の焦げる嫌な匂いが、辺りに充満する。
「さっきのお返しだ、ウスラ馬鹿!!」外法頭を倒したロベリアがニコライの窮地を救ったのである。
 フランコはニコライから手を放すと、逆上してロベリアに襲いかかってきた。だが、彼女もさっきは隙を付かれたが
今度は状況が違う。きゅ、と口元に嗤笑を浮かべると、右手から発された巨大な火球がフランコを覆い尽くした。
 人間のものとは思えない絶叫を上げながら、フランコの肉体が焼かれていく。数歩歩いた後、遂にフランコは動き
を止めた。
422冬来りなば……@18:2001/08/03(金) 00:01
「馬鹿が。アタシに手を出そうとするからこうなるんだ。――それより、メイシアの方は大丈夫かい?」
「……微かに息はあるが、難しい状態だ。如何せん、出血が多すぎる……が、何とかしてみせる」ニコライはそう
言うと、腰に下げていた皮袋を外し、中から何かを取り出した。
「それは……」リュパンは思わず声を漏らす。ニコライが取り出した物、それは切断されたメイシアの手首であった。
 メイシアの右手の止血帯を外し、傷口同士を合わせると、ニコライは左手を傷口に押し当てる。――ニコライの
指が、ずぶりとメイシアの手首に潜り込んだ。
「なに?!」驚愕の声を上げるロベリア。リュパンも驚きを隠せないでいる。
「話には聞いたことが有るが……『心霊治療』か」
 ニコライは無言で治療を続ける。非常に霊力を使うのか、彼の額には大粒の汗が珠の様に吹き出していた。
「……よし。手の方はこれで大丈夫だ。あとは……」ニコライの手がメイシアの下腹部に伸びる。そして、ある位置
まで行くと、再び彼の手はメイシアの体内へと潜り込んだ。
 先程よりも吹き出す汗の量が尋常ではない。それに、首からの出血もある。かなり憔悴しているのは間違いない
だろう。しかし、彼は治療を止めない。数分後、彼はようやく体内から左手を引き抜いた。その手の中には、おびた
だしい量の精液と、肉眼では確認できないがメイシアの卵子があった。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・。あとは輸血と外科でなんとかなるだろう。しかし、問題は彼女のメンタル面でのケアだ」

 そうだ。複数の男性に蹂躙された彼女の心の傷は、ニコライの『神の左手』を持ってしても癒す事はできない。
するとリュパンがメイシアの横にしゃがみこむと、放心状態の彼女に語り掛けた。
「嫌な夢を見たね、メイシア。だが心配はいらないよ。次に目が覚めたとき、君はいつも通りに私の朝食を作って
くれる。夢の事などすっかりと忘れてね。さあ、眠るんだ、メイシア」
 リュパンはメイシアに対して深層催眠を施した。彼が術を解かない限り、彼女が今日の事を思い出す事はない。
423冬来りなば……@19:2001/08/03(金) 00:02
「さてと。なんとか片はついたね。じゃあさっさとズラかるとするかい。メイシアの治療もあるしね」ロベリアはそう
言うと、殴られた時に飛ばされた眼鏡を拾いに行った。暗闇を照らす為、右手から炎を上げる。
「……やはり彼女も『霊力』の持ち主だったか」メイシアの身体をコートで包みつつ、ニコライが呟いた。
 彼等が教会を後にしようとしたその時、最後尾を歩いていたニコライが突如後ろから襲われた。死んだと思われた
フランコがまだ生きていたのだ。
「なに? グァッ」振り向いたニコライの首を、万力のような手で締め上げる。一体どこにこんな力が残っていたのか?
「あの野郎!」助けようにも、出入り口とニコライの身体が邪魔をしてフランコに攻撃を仕掛けられない。
「……ば、あば、がはぁあ」既にまともな言葉も発せない様子のフランコ。しかし、殺人衝動はいまだに残っている
らしい。そしてニコライの首から”ボキリ”と鈍い音が響いた。
 その時、同時にフランコの身体から力が一気に失われた。――ニコライの右手がフランコの背中から突き出て
おり、その手の中にはフランコの心臓があった。ニコライの『悪魔の右手』の所業である。
 二人の身体は同時に崩れ落ちた。
「ニコライ!!」ロベリアは急いでニコライに駆け寄る。しかし、彼の呼吸は既に細くなっていた。
「……ぐ……油断した……よ」
「バカ! 喋るんじゃないよ! なあ、さっきのアレで自分の事は治せないのか?」
「無理……だ。霊力も……尽きて……しまった……からな」微かに聞き取れる程度の声で、ニコライは言った。

 先程から降っていた雨が……雪に変わった。

「雪……か。故郷を……ウクライナを思い……だすな」空を見上げながら、ニコライが微笑んだ。寂しい微笑みだった。
「しっかりしろよ。冬が過ぎれば、春がくるんだろ? もうじき春じゃないか……」
「ああ……そうだな……。君にも……いつか……本当の……春……が……」
 それっきり、ニコライは喋る事はなかった。故郷を追われた男は、異国の地で、春を迎えることなく――逝った。
424冬来りなば……@20:2001/08/03(金) 00:02
エピローグ

 あの日から二ヶ月が経った。メイシアはすっかりと回復し、あの事件の事もすっかりと忘れている。ロベリアは
日がな一日公園で空を見上げる毎日を続けていた。
「暇そうだね。お嬢さん」ベンチに寝そべるロベリアに男性が声を掛けた。リュパンだ。
「ダンナかい。なんか、仕事する気にもならなくてさ」起き上がりながらロベリアが言う。
「ま、気持ちは判らんでもないがね」リュパンはロベリアの隣りに腰を下ろす。足元に、数羽の鳩が寄ってきた。
「ダンナ……”冬来りなば春遠からじ”って言葉しってるかい?」なんの前触れもなく、ロベリアは言った。
「東方の言葉だな。確か――」リュパンはその言葉の意味を正確に答える。
「確かに、的を得ている言葉かもしれないけどさ、春が過ぎれば、また冬はやってくるんだよね」俯いたままロベリア
は言う。普段の彼女からは、想像も出来ない姿だった。
「当たり前だな。しかし、それで良いんじゃないかね」どこからともなく取り出した豆を鳩に与えながら、リュパンが
答えた。
「え?」
「永遠の冬が無い様に、永遠の春もありはしないのさ。ならば、最初から永遠の春を求めなければ良い。限られた
季節の中で、精一杯に生きる。それが人間であり人生でもあるのさ」リュパンはそう言って立ち上がると、ロベリア
の答えも聞かずに立ち去っていった。
(限られた……季節)リュパンの言葉を、ロベリアは頭の中で反芻した。

 一時間後、ロベリアはリュパン邸の厨房にいた。
「ボルシチ……ですか?」ロベリアの言葉に、メイシアは目を丸くした。
「ああ。作り方、教えてくれないかい?」
「それは良いですけど。ロベリア様、お料理なんて出来るんですか?」
「ま、チャウダーくらいならね」そう言ってロベリアはメイシアにウインクした。
 数時間後、メイシアに師事したロベリアは、悪戦苦闘の末にボルシチを完成させた。器によそい食堂に運ぶと、
ロベリアは数分間の黙祷の後、自分で作ったボルシチを口に運んだ。
「……まじぃ」
 一口食べてスプーンを投げ出す。窓の外を見ると、少し気の早いライラックが一本だけ咲いていた。
「春が……来るね」ロベリアはそう言うと、再びボルシチを口に運んだ。
「……やっぱり……まずいよ」そう言ったロベリアの頬を、一筋の涙が伝って落ちた。
 ――ロベリア・カルリーニ――彼女に本当の春が訪れるのは、これから三年後のことであった。

――――――完――――――