特殊合金のシャッターを紙のように易々と切り裂き、まさに無人の野を行くが如き進行を続けていた
ジークフリードの足がピタリと止まった。殺気に満ちた射るような視線が、前方に立つ二つの人影に
注がれた。派手なローブを身にまとった壮年の男と、ほとんど裸も同然のきわどい衣装の若い女。
一見して魔術師と分かる二人が現われた訳だが、本来、その程度の異変ででジークフリードの進行は
止まらない。ジークフリードの進行を制止したものは、二人の魔術師の放つ、凄まじい力を予感させる
妖気であった。
「ジークフリード殿とお見受けしたが?」
落ち着いた声で問いかける壮年の男に、ジークフリードは頷いてみせた。
「いかにも…俺がジークフリードだ」
「やはり…。我が名はアポカリョープス。それなるは、同じ主人に仕えし朋友カロフィステリ。
我ら両名、主エヌオーの命により、貴殿のこれ以上の進行を阻止させていただく」
もとより、出会う全てを皆殺しにせよとの指令に従っているジークフリードが、ただ黙って口上を
聞いている筈もない。皆まで言わさず、ハイパードライブの一撃を放っていた。風に舞う木の葉の
如く吹き飛ばされる二人の魔術師。しかし、ジークフリードは手応えに違和感を覚えていた。
「…これは?」
違和感を裏付けるように、涼しい顔で起き上がってくる二人を見て、ジークフリードの口から
思わず疑問の声が漏れた。
「フ…これぞ、青魔法に伝わる究極防御魔法マイティガード。貴殿の技、確かに恐るべき必殺剣では
あるが、我が防御術の前では児戯に等しい…。加えて、我らの肉体にはカロフィステリが最前に使った
リジェネの効果も働いておる。如何な貴殿と言えども、我らに打ち勝つ事は不可能と知れ」
「やるな、貴様ら…」
アポカリョープスとカロフィステリ、そしてジークフリードの三人の魔人の間に、常人ならその場に
居合わせただけで意識を失いかねない、およそ人ではあり得ぬ壮絶な殺気が凝縮していた。
『たった今…部下達…が…ジークフリードに……接触…した』
疾走するジタンの脳裏に、エヌオーの『声』が響いた。ミコトとのそれとははまた違った、
『連結』による別回線の精神感応である。
「そうか…。それで、どのくらい持つ?」
『初めから…時間…稼ぎが…目的だ……防御に長けた者達を派遣した……だが…それでも…
そう長くは持つまい……恐らく…十分程度が……限界だろう…』
「十分か。少しきついが、まあやってみるさ」
思念波による会話を打ち切ったジタンは、再び音の無い疾走に戻った。常人なら優に二十分はかかる
距離を僅か五分足らずで走破し、ジタンは目的地に到着した。第2レクリエーションデッキである。
ミコト、そしてジタンと二人のゾディアックブレイブとの激戦、更にジークフリードによる徹底的な
無差別破壊によって、かつての乗組員憩いの場は、面影すらも残らぬ無残な姿に変貌していた。
荒涼とした風景の中に、心臓を貫かれ苦痛と驚愕に目を見開いたシナと、首の無い胴体と怨嗟に満ちた
表情の生首に分かれたルビィの亡骸が、打ち捨てられた人形のように転がっているのを見て、ジタンは
疲れたような表情になった。体中の血液が流れ尽くし、死斑までもが浮かび上がった変わり果てた姿を
見て、二度とは戻らぬ日々を思い出し、一抹の寂しさを感じたのかも知れなかった。
「許せよ、ルビィ、シナ…。いずれは俺も、お前たちと同じ運命を辿る。『向こう』に行ったら、
存分に恨みを雪ぐといいさ…」
低く呟きながら歩いていたジタンは、目的のものを発見し足を止めた。
「やはりこいつか…」
部屋の片隅で淡い魔法光を放つ斬鉄剣を、ジタンはそっと持ち上げた。
「文字通りこの世ならざる、異次元の武器…。どのような経緯でルビィの手に渡ったのかは知らんが、
本来、召喚獣オーディンが持つこの剣…恐らくオーディンが幻獣界の次元の門を潜り抜けこの世界に
出現した時、次元の狭間に漂っていたジークフリードと、魔法的同調を果たしていたのだろう…。
そしてこの剣がガイアに残った事により、ジークフリードはこの世界に結び付けられたという訳か…」
ジタンは懐から金属の函を取り出すと、蓋を開けて斬鉄剣を中に収めた。するとたちまち、斬鉄剣の
魔法光が薄れ、ほとんど視認できない明るさにまでなった。ジタンは満足げに頷き、函の蓋を閉めた。
蓋を閉じてすぐ、エヌオーから連絡が入った。
『…ジタン……部下達から連絡だ……ジークフリードは…突然…霞みのように…消えた……そうだ』
「分かった。現時点を持って艦内の戦闘態勢を解除し、事後処理にあたるようエリンに伝えてくれ」
『了解…した…』
取りあえずの危機を脱した事で、ジタンはほっと息をついた。
『俺には斬鉄剣を破壊するだけの力は無い…。魔法実験に使う為に作らせた、あらゆる魔力の伝播を
遮断する特殊金属製の函…ジークフリードの魔法的同調にまで効果があるか分からなかったが、
なんとかうまく行ってくれたな…』
軽く伸びをして、ゆっくりと歩き出したジタンは、突然耳元に響く空烈音を聞き、立ち止まった。
いや、ジタンが立ち止まったのは、音ではなく息苦しさが原因だったのかも知れない。何かが、
ジタンの首をきりきりと締め上げていた。
『…これは……血管鞭!?』
何とか振り返ったジタンが見たものは、自らの首を右手に持ってゆっくりと立ち上がりつつある
ルビィと、首の痕から伸びてジタンの首に絡みついた無数の血管鞭であった。