ルビィは満足げな笑みを浮かべると、既に血が抜け落ち土気色になった腕を、そっと左肩の傷口に
押し当てた。すると見よ! 死んだ腕はたちまち癒着し、再び瑞々しい生気を取り戻していくでは
ないか。己の腕の回復状況を確認しているのか、薄い笑いを浮かべながら指を一本一本動かす
ルビィを見るジタンの口元に、寂しげな笑いが浮かんだ。
「本当に…本当の化け物になっちまったんだな、ルビィ…」
「化け物? 化け物って何なのかしらね、ジタン? 確かに私はエーコ様から力を授かり、人間を
超越した存在となったわ。でも、普通の人間なら、いくら才能に恵まれていても、いくら努力しても
手の届かない力を持っている事…種としての限界以上の能力を身につけている事…それが化け物だと
言うなら、あんたも間違いなく化け物の一人よ、ジタン」
「…そうかもな、確かに俺も化け物なのかも知れない。だが、そんな哲学をお前と語り合うつもりは
俺にはないぜ。降伏しないと言うなら、死んでもらう事になる」
ジタンはシナの血を吸って真紅に輝く猫の爪を構えた。
「フフフ、私に勝てるつもりでいるの、ジタン?」
「なんだと?」
「さっきの一撃で分かったわ。あんたの力じゃ、正面からまともにやりあったら私には勝てない。
だからこそ、不意打ちで片を付けたかったんじゃないの? 不意打ちの機会はもうないし、
そう何度も続けてトランスする事はできない筈よ。私たちとまともにやりあえた小娘にも、
もう戦う力は残っていないみたいだしね」
ルビィの指摘どおり、ミコトは膝をついて肩で息をしており、到底戦闘に耐えられる状態とは
思えなかった。元々、生死の境を彷徨っていたような状態から脱したばかりで、お世辞にも
まともとは言えない状態だったミコトだが、いつジタンが行動を起しても対応できるように、
常時神経を張り詰めさせていた事が、更なる負担として圧し掛かっていたのである。リジェネの
効果で傷はふさがっても、気力体力までがすぐさま満足な状態に回復する訳ではない。ジタンの
行動を援護する為に放った鎌鼬は、強靭な意思力で、体内から無理矢理必要な力を引きずり出した
産物であったのだ。
『チッ、見透かされていやがる。確かに俺の力じゃ、まともにやったら今のルビィには勝てない。
うまいコト言いくるめて、戦わずに降伏させようと思ったが…。流石にタンタラス時代の朋友、
こちらの手口を表も裏も知り尽くしているって感じで、まったくやりにくい事だ』
不敵な笑いを浮かべてルビィを牽制しつつも、ジタンは内心焦っていた。対称的にルビィは、
そんなジタンの内心を読み取ったかのように、如何にも余裕たっぷりといった態度だった。
「時間稼ぎはさせないわよ、ジタン!」
次の策を練っていたジタンに向けて、ルビィは魔力を集中した。
『これは…フレアか?! まずい!』
己の周囲で上昇していく魔力が熱エネルギーとなって炸裂するまさに直前、ジタンは横っ飛びに
身をかわした。
「ふぅん…まさか魔法をかわすとはね」
ルビィが驚いたそぶりを見せたのも無理は無い。魔法とは術者の意思によってコントロールされ、
その望む位置で発現する。普通の飛び道具とは異なり、事実上「見た場所」をそのまま狙える
魔法攻撃では、目標とする位置の修正は速やかかつ正確に行われる。何らかの手段で術者自身が
幻惑でもされない限り、一切の回避行動は無駄に終わるのが普通だった。ジタンは魔法が発動する
直前、しかもルビィが目標位置を修正できないよう、文字通り瞬きする間に飛び退る事によって、
魔法戦闘の常識を覆したのだった。
「大したものだと言いたいところだけど、所詮は小手先の技…。私を倒すだけの力はない。
ジタン、今のあんたは、すばしっこさだけが取り得の鼠も同然。早いところ観念するのね」
ジタンは自分の周囲の空間に魔力が集中していくのを感じていた。単体を目標とするフレアとは
異なり、かなり広い空間に効果が及ぶのは明らかだった。
『ルビィめ…単体攻撃では俺を捕捉できないと思って、広範囲攻撃魔法に切り替えたやがったな。
いくら俺でも範囲魔法を避けるのは確かに無理。範囲魔法が単体魔法よりも威力が低いと言っても、
さっきのフレアの威力から推測してルビィはかなりの術者みたいだし、連発でもされようものなら、
あっという間にあの世行きは間違いなしだ。さて、どうしたものかな…』