睡眠や気絶から起き抜けの半ば朦朧とした状態にある人間は、ある意味では眠っている時よりも
無防備である。死と隣り合わせの世界に身をおく盗賊、傭兵、賞金稼ぎの類はその危険性を十分に
承知しており、手練と言われるような者なら誰でも、目覚めの直後に意識を覚醒状態に持っていく
速度を早めるよう鍛錬した経験を持っている。ジタンも又例外ではなく、バクーらの指導のもとで
厳しい修練を積んでいた。その後も独自に修練を重ね、今のジタンが睡眠から平常段階まで精神を
覚醒するのに要する時間は、実に1秒の半分にも満たないレベルにまで達していた。
しかしそれにも関わらず、目覚めたジタンは暫しの間、まるで呆けたかのように自失していた。
それはジタンが意識を失った際の肉体の変調が、容易ならぬ深刻さにある事を示すものであった。
とは言え、最悪の状態は去ったようで、ジタンは自分の肉体にじわじわと活力が戻ってくるのを
実感していた。それに伴い、知覚力も急速に平常段階まで回復して行く。
「…俺は……生きているのか?」
『その通りだ、ジタン』
ぽつりと漏らした独り言に予想外の返答が返って来て、ジタンは思わず息を呑む。しかしそれも
一瞬の事で、すぐさま平静さを取り戻すと、ジタンは姿無き『声』の主に言葉をかけた。
「ガーランド…おまえか。何故ここにいる? おまえには別の任務があった筈だぞ?」
ガーランドと呼ばれた『声』は、少しばかり言い訳がましい調子で答えた。
『例の任務の遂行は、現時点では恐らく不可能だ。目的の対象が、このガイアに出現した形跡は
何処にもないのだからな。それに私がおまえを目覚めさせなければ、おまえが意識を取り戻すのには
更にしばしの時間が必要だった筈だ。この緊急時におまえがそんな事では、我らの遠大なる計画に
支障を来たすのではないのか?』
「ふん、確かにそうかも知れないな…。分かった、状況を説明してくれ」
ジタンは肩をすくめると早足で歩き出した。
『この艦を襲ったアルテマウェポンは、エヌオーとエリンが撃破した。艦隊にもこの艦そのものにも
かなりの被害は出たが、敵の戦闘能力を考えれば、その程度の被害で済んでむしろ僥倖と言えよう。
なかなか優秀な部下を見つけたようだな』
「当然だ。エリンは俺が自ら選んだ指揮官だからな。で、侵入者はどうなった?」
『侵入者はミコトと交戦し、そして勝利した』
ジタンの足がピタリと停止した。
「…死んだのか? 死んだというのか…ミコトは」
一切の抑揚が欠如した声でジタンが訊ねた。
『いや、一時は危なかったようだが、目下の危険は去ったようだ。クジャの報告によればな』
軽い吐息をついたジタンは、次の瞬間、僅かに眉をひそめた。
「クジャだと? 奴は既に…」
『確かにあいつの魂は一度は「向こう側」に行っていた。だが…』
そこまで言って途切れた『声』の後を引き継ぎ、ジタンが低く呟いた。
「あいつまで引き戻されたというのか、こちら側に」
『そういう事だ。この私と同じくな』
「それなら、あいつの亡骸が消失した一件も奴の仕業なのか?」
『いや、奴は実体化してはいない。別口だな』
ジタンはしばらくの間考え込むような表情になったが、すぐに足早に歩き出した。『声』もまた、
一定の間隔を保ちながらその後について来る。